傘の歌 #35

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傘の短歌

ホームみて車内みまわし傘もっているのが自分だけとわかった
吉岡生夫『草食獣 第八篇』

吉岡生夫の第八歌集草食獣 第八篇(2018年)に収められた一首です。

次のような状況ではないでしょうか。

天気予報によれば雨の予報だから、今日は傘をもっていこう。雨が降るといっていたので傘をもって出かけたけれど、実際は雨は降らず、周りの人は傘をもっていなかった。

あるいは次のような状況かもしれません。

前日の朝は雨が降っていたので、傘をもっていった。でも、帰宅時は雨が降っていなかったので、職場に置きっぱなしにしてしまった。前日にもって帰るのを忘れた傘を、雨は降っていないけれど、今日にもって移動している。

上のような場面を想像しますが、いかがでしょうか。

いずれにしても、駅のホームにいる人で傘をもっている人はおらず、また車内にも傘をもっている人はおらず、結局は自分だけが傘をもっていたというのです。

歌では、自分だけが傘をもっていたと詠われていますが、実際には鞄に折り畳み傘を入れている人もいたかもしれません。しかし、主体の視界には傘が見えなかった、つまり目に見えるかたちで傘をもっている人はいなかったのです。

ふとしたタイミングで、そのことに気づいたのでしょう。

ただ、自分ひとりだけが傘をもっているという状況を恥ずかしがっているという印象はあまり感じられません。恥ずかしいという感情よりも、周りの人と違う行動をしてしまっているという意識の方が強く出ているのではないでしょうか。

文法的に見てみると、おそらく意識的でしょうが、助詞が省かれているのが特徴だと思います。「ホームみて」「車内みまわし」「傘もって」はいずれも”を”が省かれています。五七五七七の音数に合わすためでもありますが、ひとつも”を”が使われていないところから生まれる独特のリズムが意識されているように感じます。

また「自分だけとわかった」も”自分だけだとわかった”になっておらず、舌足らずな感じを受けますが、これも上句を読んだときのリズムの感じと呼応するような印象があります。

「自分だけとわかった」からといって、何か次の行動に移そうとしたわけではないでしょう。自分だけ違う行動をしていたなあと感じている、そんな歌だと思います。その状況を特段解消しようという感じはなさそうです。あくまでも、自分の行動が他者と違うという”ちぐはぐ感”が、この歌の眼目だと思います。

助詞の省略や舌足らずな印象が、歌の内容をより強化する上で効果的に働いていると感じられる一首ではないでしょうか。

傘
駅構内で傘をもつ場面

※正式には、吉岡生夫の「吉」は上の横棒が短い漢字。

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