悩んだらその分だけ幸せになれる保証はないよ桜が咲いた
山内頌子『うさぎの鼻のようで抱きたい』
山内頌子の第一歌集『うさぎの鼻のようで抱きたい』(2006年)に収められた一首です。
「悩んだらその分だけ幸せになれる保証はないよ」が、ストレートながら心に響いてきます。
日々生活していると、小さいものから大きなものまで日々悩みがやってくるでしょう。「まったく悩みのない人生です」といい切れればいいのですが、なかなかそうもいかない人が多いのではないでしょうか。
ですから、多かれ少なかれ日々悩む時間が訪れるわけですが、悩んでいるその時間は果たして自分にとって有益な時間なのかを改めて問いかけてみる必要があるのかもしれません。悩んだら悩んだ分だけ、いい解決が浮かぶ場合もあるとは思いますが、悩んだ時間の分だけ幸せになれるとは限らないと、この歌ははっきりといっているのです。
人は悩むために生きているのではなく、幸せになるために生きていると思います。もし、悩んだ分だけ幸せになることができるのであれば、悩む時間を増やして結果として幸せを手に入れようとする人が増えるかもしれません。しかし、実際はそうはならず、それよりもむしろ逆のことが多く、悩んだ分だけ自分の人生がどんどん苦しくなっていくのではないでしょうか。
もちろん、悩まずにいられないという状況もあるでしょう。でも、その悩みが必ずしも幸せにつながるとは限らないことを認識することで、少し楽になるかもしれません。「悩んだらその分だけ幸せになれる保証はないよ」は、悩んで出口が見つからないときにこそ、改めて思い出したいフレーズではないでしょうか。
ただ、この歌は何も人生の苦しさを詠っているわけではありません。
結句に「桜が咲いた」が置かれているのが救いであり、希望であると感じられます。悩んでも幸せになる保証はないけれど、悩むことを決して否定しているわけではないのでしょう。悩んだ末にしかたどり着けない自身の気持ちというものもあると思います。
望む通りの結果にならない場合もあるとは思いますが、悩んだことで得られる何かは、きっと桜が咲くような、ひとつの展開を見せることは間違いないように、この歌から感じられるのです。
人生は、すべて「保証」で成り立っているわけではありません。ときには、保証云々を脇に置き、進む必要があるのではないでしょうか。
保証を優先するよりも、今この瞬間の自身の気持ちやベクトルを大切にするほうがいいのではないか。そんな思いを感じさせてくれ、印象に残る一首です。

