やり直しはまだ効くだらう効くはずだ 三日で取れし吾子のかさぶた
本多稜『游子』
本多稜の第二歌集『游子』(2007年)に収められた一首です。
誰か他者に対して励ましている歌というよりも、自分自身を鼓舞している歌だと思います。
「やり直し」とありますが、主体にとっては納得のいかないこと、失敗だと思えること、再びやらなければならないことが起こったのでしょう。
そこで諦めてしまうのは簡単ですが、主体はもう一度やり直そうと自分にいい聞かせているのです。
「まだ効くだらう」には、まだすべてが終わったわけではない、まだ希望がある様子が感じられますし、「効くはずだ」には、状況は厳しいけれど、まだ何とかなるはずという思いが表れています。
一方で、「効くはずだ」と自分にいい聞かせないといけない状態が、かなり追いつめられた状況であることを物語っているともいえるでしょう。簡単にやり直せるとすれば、自分にこれほどいい聞かせることはないでしょう。何もいわず、ただやり直せばいいのです。しかし、自分にこういい聞かせないといけない状況なのでしょう。「まだ効くだらう効くはずだ」からは、若干強がりとも思える雰囲気も漂っているのではないでしょうか。
さて、主体にやり直しが可能であるだろうと思わせたきっかけは、「三日で取れし吾子のかさぶた」だったのでしょう。子どもがこけて、肘やひざに擦り傷ができ、かさぶたができたのですが、三日もすれば、かさぶたもとれてその傷もすっかりきれいに治ってしまったのでしょう。
その様子を見て、一度失敗したとしても修復は可能であることを強く意識したのではないでしょうか。
実際、この出来事がやり直しできるかどうか、元通りの状況に戻せるか、あるいはやり直す前よりいい結果を出せるかは、やってみなければわからないでしょう。しかし、今この時点で、たとえ強がりが含まれていたとしても、やり直しできるはずだという主体の思いは、何にもまして尊く貴重なものなのではないでしょうか。
やり直しをする前から諦めていたのでは、きっとやり直せるものもやり直せないでしょう。やり直しできるという思いこそが、実際にやり直しへの実現へと結びつくのかもしれません。
「三日」という数字、「吾子」という人物、そして「かさぶた」。これら具体的な対象が喚起する「やり直し」へのイメージが鮮やかに描かれていて印象深い一首です。

