等身の棺のような部屋にいてオートロックで閉め出す孤独
有沢螢『致死量の芥子』
有沢螢の第一歌集『致死量の芥子』(2000年)に収められた一首です。
詞書には「ワンルームマンション」と記されています。
ワンルームマンションですから部屋はひとつでしょう。おそらく入口付近に小さめのキッチンスペース、後はユニットバスがあるくらいでしょうか。
そのワンルームを「等身の棺」と捉えるところに、どことなく屈折した思いが感じられるのではないでしょうか。
確かに部屋は狭くて、天井も低く、息苦しく感じることもあるかもしれません。しかし、棺として見つめる姿にやはり翳りを感じずにはいられません。通常、棺の中に納めるのは、生者ではなく死者です。そう考えると、棺の中にいる主体の心は、すでに死者のそれに近いものとして存在しているのかもしれません。
ただ、救いなのは下句でしょう。オートロックのマンションなのでしょうが、そのドアから外へ「孤独」を締め出したということでしょう。
部屋の中にいる主体が抱えている孤独を、そのまま棺のような部屋内に留まらせることは、ますます自らを締め上げていくような雰囲気が漂ってきてしまいます。せめてもの行為として、孤独を外へ締め出したのではないでしょうか。
オートロックですから、一旦ドアが閉まると、鍵をもっていない限り外側から開けることはできません。一旦締め出した孤独は、そう簡単には部屋の中へは入ってくることはできません。
ここに、主体の決意のようなものが滲み出ているのではないかと思います。
もちろん、孤独を締め出したからといって、たちまち部屋が棺ではなくなるということではないでしょう。しかし、「等身の棺」のように感じられる部屋であったとしても、その棺の中で気持ちを変えることはできるでしょうし、棺の中から何かアクションを起こすことは可能なのです。
等身の棺が、棺ではなくなる日はやがて訪れるのでしょうか。孤独を締め出すという行為に、わずかにその可能性が垣間見える一首なのではないでしょうか。

