きみが黙禱しているあいだ世界はない ひとりで仲直りする影の者
瀬口真司『BEAM』
瀬口真司の第一歌集『BEAM』(2025年)に収められた一首です。
この歌を読んで、改めて考えさせられるのは、「世界」とは何かということです。
普段生活していると、視界に映る空間を世界と捉えている人が多いのではないでしょうか。そして、世界は自分の外側にあるものという認識をもっている人が多いと思います。
しかし、この歌で詠われている「世界」は、そのような捉え方とはひと味違うでしょう。「きみが黙禱しているあいだ世界はない」のです。黙禱といえば、目を閉じて祈りを捧げる姿ですが、黙禱中、世界は存在していないということです。
つまり、この歌でいう「世界」とは常に外側に開かれた空間に存在しているものではなく、あくまでひとりの人間が生み出しているものであることが窺えるのではないでしょうか。いい換えれば、世界の中に人間が存在するのではなく、ひとりの人間の中に世界が存在するということでしょう。ですから、黙禱によって自分の奥深くに降りていけば、いわゆる外界を意味する世界は存在しなくなり、そこにあるのはあくまで「きみ」自身の中に広がる自分だけの世界ということではないでしょうか。この考え方に立てば、人の数だけ世界が存在するといえるでしょう。
そうなると、ここでは「きみ」の黙禱を見つめて詠っていますが、同じように、主体自身にも主体だけの世界を抱えているということになるでしょう。
「ひとりで仲直りする影の者」は、目を閉じたときに広がる自分だけの世界において、自分自身の過去の後悔や、今納得いっていないこと、そして負の感情などと折り合いをつけようとする行為を指しているのではないでしょうか。誰かとの仲直りではなく、あくまでも自分が自分と向き合い、自分ひとりで仲直りをするのです。
この歌から感じるのは、世界に対する認識をどうもっているか、そしてその世界とどのように向き合って生きていくかではないでしょうか。外部としての世界に放り込まれた自分を安易に一喜一憂するのではなく、あくまでも世界の源が自分であるという意識によって、この世界と向き合っていく真摯な姿が印象的に感じられる一首だと思います。

