春の雪地に触れず消え濡れて往く吾も現象の一つにすぎず
富小路禎子『柘榴の宿』
富小路禎子の第四歌集『柘榴の宿』(1983年)に収められた一首です。
「春の雪」がやさしくやわらかく降っているのでしょう。冬の積雪とは違い、降る量も少ないでしょうから、低地の地表に積もることがありません。
地面に触れることなく消えていく様子を「地に触れず消え濡れて往く」と表現していますが、空中で雪片が静かに消え去っていく情景がありありと浮かんできます。「往く」の漢字は、単に移動するという意味を超えて、どこか別世界へ去ってしまった、そしてももう戻ることはない片道切符である状況を示しているでしょう。
春の雪は、主体の目にはもう映らない別世界へ消え去ってしまったのです。地に触れることもない春の雪に、儚さを見ているのかもしれません。
さて、そんな春の雪を見つめながら、思いは主体自身に移っていきます。「吾も現象の一つにすぎず」とは、何とも客観的な見方でしょうか。
ここからは、主体自身の人生を非常に冷静に見つめる目を感じます。自分も春の雪と同じように、生まれては消えていく「現象」なのだという認識です。
一抹のさびしさが感じられますが、人生に対する熱量が低いのでしょうか。そうかもしれませんが、裏を返せば、人生を充分経験してきたから、このような境地に立っているともいえるでしょう。
ただ、決して悲観しているわけではないでしょう。春の雪が地に触れずに消えていくように、自分という存在も天命に従い、いつかはこの世から去っていくものだという受け容れの態度が感じられるのではないでしょうか。それはあきらめではありません。自分自身を真摯に見つめる姿が立ち現れていないでしょうか。
春の雪も自分も、同じ「現象の一つ」と見ることで、人生や存在に対して改めて落ち着いて見たり考えたりすることができ、その受け容れの姿勢から、自分に対する接し方が更新される、そんなふうに感じさせてくれる一首だと思います。

