山芋にインスパイアされねばり強くやらないことを心に決める
脇川飛鳥『ラストイヤー』
脇川飛鳥の第一歌集『ラストイヤー』(2025年)に収められた一首です。
「インスパイア」とは、「感化する」や「ひらめきを得る」を意味する言葉です。
山芋と聞いて思い浮かべるイメージは、その粘り気ではないでしょうか。とろろ料理がその代表で、すり鉢で山芋を擦っていると、だんだんと粘りが出て、おいしいとろろになるでしょう。
この歌においても、そんな山芋の粘り気を充分承知しているのですが、下句ではその粘りとは真逆の「ねばり強くやらないことを心に決める」と展開していくのです。ここが非常に興味深く感じられます。
一般的な流れだと「山芋にインスパイア」されたのであれば、山芋のように粘り強くやろう、あきらめ癖を直そうと気合を入れなおすのではないでしょうか。
しかし、主体は粘り強くやらないことに決めたのです。
勉強でもスポーツでも仕事でも何でもそうですが、簡単にやめたりあきらめたりすると「粘りが足りない」とか「あきらめが早い」とかよくいわれます。粘り強さを美徳のように思っている人も少なくないでしょう。
主体は、その粘りを一旦冷静な目で見つめてみたのではないでしょうか。山芋がきっかけとなったのです。山芋の粘りを見て、心を粘りへ寄せていくのではなくて、ああこのような粘りは自分とは違うなと感じ、粘りではない方がしっくりきたのでしょう。
「山芋にインスパイアされ」がポイントで、決して「山芋みたいに」とか「山芋に憧れて」ではないのです。山芋の粘りを見たから同じように粘ろうではなく、粘らない方にひらめきを得たのです。ひょっとすると、周囲は粘り強さをよしとする人たちで囲まれているかもしれません。しかし、主体は、自分がどうするのが自分にとって一番いいかを考え、自分自身で決心したのです。粘り強くやらないという緩やかさと同時に、周囲がどう思おうと自分のことは自分で決めるという力強さも感じられるのではないでしょうか。
「インスパイア」という、一首に収まりづらい語がうまく歌に溶け込み、山芋という具体物を通して、粘り強くやらない緩さと決心が清々しく伝わってくる印象深い一首です。

