こころにも手や足がありねむるまえしずかに屈伸運動をする
笹井宏之『てんとろり』
笹井宏之の第二歌集『てんとろり』(2011年)に収められた一首です。
手や足があるといえば、通常体に対して使う表現ですが、この歌では「こころ」にも手や足があると詠っています。手や足は体の部分の一部であり、機能の一部ですが、それを心に当てはめている発想がとても面白いと感じます。
そして、「こころ」に生えた手足は、眠りにつく前に屈伸運動をするというのです。体における屈伸運動の目的は、体を柔軟にしたり、運動する前の怪我の予防といったことになるでしょう。
では、「こころ」の屈伸運動は、何のためにするのでしょうか。基本的には体と同じでしょう。こわばった心を柔軟にしたり、これからかかるであろう心への負荷をやわらげたりする効果があるのではないでしょうか。
体の屈伸運動は当たり前に行われているのに、心の屈伸運動に当たるような行為を日々行っている人は一体どれくらいいるのでしょうか。日々の屈伸運動をせず、心が負荷に耐えられなくなるまで、何もしないままという状態も珍しくはないでしょう。
もちろん、この歌は、そのような現実的な心の対処方法を前面にして詠った歌ではありません。ただ、このように心が病む人が多い時代においては、この歌を読んで、体と心との関係性や、心の在り方のようなものを感じずにはいられません。
何より、この歌を読むと、自分の心がかなり楽になった感じがします。それは「こころにも手や足があり」、「屈伸運動をする」という、今まで思いもよらない認識を与えてくれるからではないでしょうか。
どうも最近つらく感じることが多いと思っているときこそ、心の手足と屈伸運動を思い出せば、かなり心がほぐれるのではないでしょうか。
「ねむるまえしずかに」という表現も、ささやかながら非常に効果的な表現だと思います。一日の終わりが一番心が疲れているのではないでしょうか。ですから、眠る前こそ、無理をせずゆっくりと静かに、心の屈伸運動をするのがいいのだと思います。
ごちゃごちゃと書きましたが、この歌については、現代の状況と無理に照らし合わせる必要はまったくなく、その発想の面白さとやさしさを純粋に味わうのが最もいいと思いますし、私自身も純粋に味わいたい魅力的な一首です。

