無数の歌 #33

当ページのリンクには広告が含まれています。
無数の短歌

世界の中心は無数にあるか薄紅か触れ合ふことなく睡蓮ひらく
川野里子『ウォーターリリー』

川野里子の第八歌集ウォーターリリー(2023年)に収められた一首です。

数多くの睡蓮が咲いている光景を詠っていますが、歌集において、この歌の前には次の一首が置かれています。

睡蓮は世界の真中まなかに咲きてをりあはあはと来て蜻蛉せいれい止まる

この歌と掲出歌から想像すると、睡蓮の花のひとつひとつが「世界の中心」であるように感じられたということなのではないでしょうか。確かに、睡蓮の花はひとつひとつがしっかりとした存在感をもっており、「世界の中心」といわれるとそのように感じられます。しかも薄紅色をした「世界の中心」なのです。

目の前には無数の睡蓮が咲いていたのでしょう。けれども、互いに重なることも邪魔することもなく「触れ合ふことなく」咲いていたのです。その光景が余計に、睡蓮のひとつひとつを独立した存在として捉えさせ、「世界の中心」への意識へつながるように感じます。

睡蓮のひとつひとつを世界の中心と詠っていますが、ここから想像は飛躍して、目の前の光景に留まらず、地球上にも「世界の中心」は無数にあるのかもしれませんし、宇宙規模で見れば、この宇宙空間にも無数の中心があるのかもしれないと思うのです。

また無数の中心という認識は、パラレルワールドのように、無数の世界線が存在していて、それぞれの世界がもつ中心のようにも感じられます。

そう考えると、今自分が生かされているこの世界が、唯一の世界だと思っていますが、実は今見えている世界は、無数に存在するかもしれない世界のなかのひとつかもしれません。つまり、いつ何時別の世界に入りこんでもおかしくないのかもしれません。

自分が今後進んでいく人生は決まりきった世界の中に収まるのではなく、ひょっとすると、この睡蓮の花々のように、無数の世界の中から偶然に選びとられるものかもしれないと思うのです。

睡蓮という具体から少し飛躍しすぎているかもしれませんが、「世界の中心」「無数」という捉え方によって、パラレルワールドのような世界観を想像してしまうのもそれほどおかしなことではないのではないでしょうか。

薄紅の睡蓮が触れ合うことなく咲いている様子から、世界の中心へと想像がふくらむ一首だと感じます。

楽天ブックス
¥2,420 (2026/03/04 08:54時点 | 楽天市場調べ)

♪ みなさまの応援が励みになります ♪


俳句・短歌ランキング

ブログランキング・にほんブログ村へ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次