合唱の無数の口が開くときつながっている子供らの闇
奥田亡羊『亡羊』
奥田亡羊の第一歌集『亡羊』(2007年)に収められた一首です。
子どもたちが合唱をしている場面です。学校の音楽の授業でしょうか。あるいは合唱団のような団体で歌っている場面でしょうか。「子供ら」とあるので、幼稚園児か小学生あたりを想像しました。
子どもたちの合唱を見ていると、大きな口を開けて懸命に歌っている様子が伝わってきます。大きな声を出そうと精いっぱいに歌っているのでしょう。
この歌は、合唱の歌とはいっても、そのような子どもたちの元気いっぱいの姿を詠んだものではありません。むしろ、その反対に位置するような、合唱の間の「子供らの闇」を詠った一首なのです。
ここでいう「子供らの闇」とは何でしょうか。ひとつは子どもたちの口の中の暗がりを指しているのでしょう。「無数の口」が一斉に開いたときの口の中を「闇」と表現しているのではないでしょうか。こちらは実際に目に見える闇でしょう。
もうひとつは、子どもたちが抱えている心の闇のようなものでしょうか。あるいは子どもたちを取り巻くさまざまな環境の闇のようなものでしょうか。こちらは合唱の現在、直接目には見えません。合唱を精いっぱい歌う無邪気な子どもたちかと思いきや、そうではなく、ひとりひとりの心には抱えている何かがあるのでしょう。主体は、そのような闇を口が開くときに感じてしまったのです。
「子供らの闇」はそれぞれが別々で立ち上がったのはもちろんですが、その後に「無数の口」を媒介として、闇がつながっていると表現されているところに、着眼点の驚きを感じます。それぞれの闇がつながっているという状況を、合唱の子どもたち自身は意識していないでしょう。このように意識していないにもかかわらず、闇が口を介してつながっているという状況が、一層の怖ろしさのようなものを感じさせてくれるのではないでしょうか。
合唱における口を開けるという一場面が、このように不穏な雰囲気をもって感じられる独特の一首だと思います。

