パンを触る前に石鹸で手を洗う土曜は生きているって思う
上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』
上坂あゆ美の第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(2022年)に収められた一首です。
この歌を読んで、次のような場面を想像しました。
会社勤めをしていて、日曜はお休み。土曜日は半日勤務かもしれませんし、一日勤務かもしれませんが、土曜日は出勤しています。とにかく土曜日の仕事が終わって大好きなパンを食べようとしている場面です。
このようなケースにおいて、会社勤めを憂鬱だと感じたり、楽しくないと感じたりする場合、週の中で一番気持ちが楽になる日は何曜日でしょうか。
それは、明日が一日丸々休みである前の日、つまり土曜日ではないでしょうか。明日は会社に行かなくていいと思うだけで、気が楽になります。実際の休日である日曜日は、ああ休みは今日で終わる、明日の月曜にまた会社に行かなければと思ってしまうことが多いので、心から休めないでしょう。そう考えると、やはり土曜日の仕事終わりの後が、一番会社から時間的距離をとることができ、最も解放感に充ちているときなのではないでしょうか。
そのような状況が「土曜は生きているって思う」という表現となって表れているのだと感じます。
食べる前に手を洗うのは、衛生的な面から考えると、当たり前といえば当たり前かもしれません。子どもの頃から、親に「手を洗いなさい」と繰り返しいわれてきた人も多いでしょう。新型コロナウイルスが流行した頃においては、より一層気をつけなければならない習慣となりました。
ただ、この歌において手を洗うということは、もちろん感染予防という意味もあるでしょうが、それよりも明日が休みであるという土曜日において、一週間の憂鬱な会社勤めを終えたという、ある意味儀式めいた部分を感じます。つまり、手を洗うことによる精神の浄化のような印象が滲んでいるように思いますが、どうでしょうか。
土曜日に、そして、このような手を洗うという行為の後に食べるパンはさぞかしおいしいものなのではないでしょうか。この一週間の嫌なことも、関わりたくない人間関係も、会社のこともすべて忘れて、目の前のパンにだけ集中できる時間がここにはあるのです。パンを食べるときに、会社で起こった余計な出来事を何も思い出す必要はまったくないのです。一切を忘れて、パンを食べられる幸せを存分に味わえばいいと思います。
何よりも「生きている」と感じられること、それは本当にすばらしいことだと感じます。

