人生の歌 #167

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人生の短歌

同じ日の繰りかへしにはあらざれど昨日のつづきの今日のはじまる
宮英子『青銀色』

宮英子の第五歌集青銀色(2012年)に収められた一首です。

昨日と今日の境目は何でしょうか。

時間の上でいえば、時刻が午前0時を指したところを昨日と今日の境界としてみなすのが一般的かもしれません。特にこれで問題はないでしょう。

ただ、日常で我々が感じている昨日と今日の境目は、睡眠の前か後かで区別しているように感じます。夜眠る前までが昨日であり、朝目覚めた後が今日という分け方です。そのとき時刻が日付を跨いだかどうかよりも、睡眠を挟んだかどうかの方が昨日と今日の区別をするのにしっくりくるように思います。もちろん、昼夜逆転の生活を送っている人もいるでしょうから、日付の跨ぐ時間と入眠・起床の時間が大きくずれる場合もあり、一概にすべてこうだとはいえませんが、大体睡眠の前後が昨日と今日を分けるものなのではないでしょうか。

では、昨日と今日はまったく別物なのかというとそういうわけではなく、掲出歌の「昨日のつづきの今日のはじまる」が端的にそれを物語っているでしょう。

昨日と今日は「同じ日の繰りかへし」ではないのだけれど、昨日と今日をまったく関連のないものとして捉えて生きるというのもまた難しいでしょう。一般的に時間は過去から未来へ流れていく認識で生きている人が多いと思いますので、昨日の続きとして今日が始まるというのも納得がいくでしょう。

しかし、昨日と今日がつながっているという考え方は、いいようにも悪いようにも働くでしょう。この歌は特にどちらともなく、ニュートラルな感じで、純粋に昨日の続きとしての今日があるという認識を改めて自分にしたという歌だと思います。

もし昨日嫌なことがあった場合、一晩寝ても、その嫌なことが今日に引き継がれてしまうケースが多いと思います。昨日の嫌なことを寝たらすぐ忘れるという精神をもっている人は非常にタフだと思いますが、大抵の場合、昨日の失敗や嫌なことを引きずってしまうものです。

一方、昨日とてもいい出来事があった場合は、今朝目覚めたときも、昨日の幸せな気分をそのままもちこして感じられるのではないでしょうか。昨日の幸せは昨日で終わりで、今日目覚めたときには何も感じないという人は稀だと思います。

つまり、よくも悪くも、昨日と今日は関わりをもたざるを得ないのかもしれません。せめてもの救いは、「同じ日の繰りかへしにはあらざれど」とある通り、昨日とまったく同じことが今日繰り返されるということではない点でしょう。まったく同じ日が繰り返されてしまうことほど退屈なことはないでしょう。

この歌は難しい言葉を使わず、非常にシンプルに歌いながら、昨日と今日の関連、および人生の時間について深く考えさせられる一首になっているのではないでしょうか。

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