しあはせとふしあはせとを押し分くる痒みのやうなスイッチがあり
木ノ下葉子『陸離たる空』
木ノ下葉子の第一歌集『陸離たる空』(2018年)に収められた一首です。
「しあはせ」と「ふしあはせ」を分けるものは何でしょうか。
どの国に、またどの家に生まれるかでしょうか。生まれつきの才能の有無でしょうか。育った環境でしょうか。誰かとの出会いがもたらすきっかけでしょうか。本人の努力の結果でしょうか。
さまざまな要因はあると思いますし、いわゆる運と呼ばれるものの影響がまったくないとはいえないでしょう。しかし、たとえどんな状況であったとしても、それぞれが生きている今の状況において唯一できることがあります。それは、今自分は幸せだと思うのか、それとも不幸だと思うのかを選択できるということです。
状況を変えることは簡単ではないかもしれませんが、そのような状況の中にも「しあはせ」を見いだすのが得意な人と「ふしあはせ」を見いだすのが得意な人がいるでしょう。どの部分に焦点を当てるかは自分次第ですし、その焦点をどこにするかは今すぐにでも変えることができると思います。
掲出歌は、「しあはせ」と「ふしあわせ」を分けるスイッチがあると捉えている点がとても興味深いと思います。
このスイッチは、一旦使ったら終わりのスイッチではなく、電気のスイッチのように、いつでも自分で自由に切り換えることができるスイッチなのではないかと思います。
ただ「痒みのやうな」スイッチと詠われており、気がついたら痒くなっている箇所を無意識に搔いてしまうように、気がついたら知らず知らずのうちに触ってしまうようなスイッチかもしれません。
上でも触れましたが、本来、幸か不幸かは自分でどう思うかによるところが大きいと思いますが、油断するとついつい「ふしあわせ」のスイッチをオンにしてしまっている可能性もあるでしょう。
自分にはそのようなスイッチがあるという認識をもつだけで、「しあわせ」と「ふしあわせ」に対する向き合い方も変わるのではないでしょうか。幸不幸とスイッチを関連づけた取り合わせが面白く感じる一首です。

