「なんや、これ」のこれおもしろく生き来しがこのたびのこれ少し置いとく
小谷陽子『ねむりの果て』
小谷陽子の第三歌集『ねむりの果て』(2019年)に収められた一首です。
初句でいきなり「なんや、これ」と登場しますが、この「これ」とは一体何を指しているのでしょうか。
具体的には詠われていませんので、「これ」は想像するしかありませんが、とにかく「なんや、これ」といいたくなるような出来事であったことだけは窺えるのではないでしょうか。
「これおもしろく生き来しが」とあるので、これまでにも何度も「なんや、これ」と感じる出来事を経験してきたのだと思います。それは予想していなかったような出来事であり、驚くような出来事であり、理由がわからないような出来事であり、また不思議に感じられるような出来事だったのではないでしょうか。それらの「これ」をこれまでは「おもしろく」感じながら、向き合ってきたのだと思います。
一般的に、予想外の出来事に遭遇したときに、それを楽しめる人と不安に感じる人に分かれると思います。この歌の主体は前者であり、毎回「なんや、これ」といいながら、その「これ」を楽しんできたのです。
しかし、今回ばかりはどうも違うようです。「このたびのこれ少し置いとく」と詠われています。今回の「これ」は純粋に「おもしろく」感じられなかったということでしょうか。
「なんや、これ」とは思いながらも、心のどこかで何かひっかかり、嫌な予感がしたのかもしれません。これまでと同じように「おもしろく」対応しているだけでは、どうもうまくいかない、あるいはとんでもない事態に陥りかねないといった思いがわずかに湧いてきたのかもしれません。
ですから、「少し置いとく」なのでしょう。今回の「これ」も楽しみたい気持ちはあるのだけれど、面白さ全開というわけにはいかないような気がするので、しばらく様子見をしようということだと思います。
様子を見た後で、自分の中でGOサインを出すことができれば、これまでと同じように「おもしろく」向き合って生きていきたいということでしょう。
生きていれば、「なんや、これ」といいたくなるような出来事にも遭遇すると思います。そのときにどう思い、どう振る舞うかというところを掬い上げた歌であり、非常に珍しく面白いところを捉えた一首だと感じます。
「なんや、これ」に遭遇したときに、この一首を思い出して、さて自分はどう振る舞っていくのかを少し考えてみるのも、人生を濃くしていく点で面白いかもしれません。

