そんなこと気にしなくてもいいですよ星もいつかは壊れますから
東直子『春原さんのリコーダー』
東直子の第一歌集『春原さんのリコーダー』(1996年)に収められた一首です。
生きていれば、あんなこといわなければよかったなとか、あんなことするんじゃなかったという経験は少なからずあるのではないでしょうか。
大きな後悔とまではいかなくても、日常の場面のちょっとした言動をいつまでも気にしてしまうこともあるでしょう。ただ、実際もう起こってしまった出来事は、出来事自体を変えることはできませんから、その出来事に対して自分がどう考えていくかということが大切になるだと思います。
さて、掲出歌ですが「そんなこと気にしなくてもいいですよ」と詠われています。これは誰に対していっているのでしょうか。相手がいるように思いますが、このいいぶりからするとあまり親しい相手のようには思えません。いや、元々は親しい相手であったケースも考えられますが、この発言をする段階においては、主体と相手との心理的な距離はかなり大きくなってしまっているといえるのではないでしょうか。
相手が何かよからぬことをいったり、よからぬ行動をして、主体がそれに影響を受けた状況を想像しました。それに対して、無視を決め込むでもなく、大声を上げて怒鳴り散らすでもなく、とても淡々と冷静に「そんなこと気にしなくてもいいですよ」といっているのです。大きな声で騒がれるよりも、この冷静な感じが逆に怖いようにも感じます。
面白いのは下句の「星もいつかは壊れますから」でしょう。ここでいう「星」とは、最も身近な星である、我々が住む地球を想像するのがいいでしょう。永遠続くように思われる地球であっても、いつかは壊れてしまうのです。日常における「そんなこと」から、一気に星のスケールにいくこの飛躍力が何とも魅力的です。
星の話をされると、「そんなこと」が途端に矮小なものに思えてしまいます。ですから、気にしなくていいのでしょう。しかし、この歌は、本当に、心の底から気にしなくてもいいと思っているようには感じられないのです。それは先にも述べた通り、どうもこの丁寧すぎるいい方の冷静な感じが、そう思わせてくれないように感じるのです。しかも、スケールの大きな星の盛衰をもちだすあたりも、表面上は気にしなくていいといいながらも、すごく気にしているように感じられるのです。
そのような冷静な感じの怖さというものが、この歌にはありながらも、同時に、かたちあるものはいずれ壊れるといった当たり前に気づかせてくれますし、また日々起こるちょっとした後悔は、非常に些細なことだと思わせてくれるのではないでしょうか。
非常に平易な言葉で詠われていますが、この歌から感じる雰囲気や奥深さは、とてもその字面だけには収まらない奥行きをもっていて印象に残る一首です。

