無数の歌 #19

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無数の短歌

高層の無数の窓に見下ろされ信号無視の一歩踏みだす
中津昌子『風を残せり』

中津昌子の第一歌集風を残せり(1993年)に収められた一首です。

「高層の無数の窓」とは、高層ビルの窓を指しているのでしょう。

外壁面が窓に覆われたような構造だと思いますが、ひとつの高層ビルの窓を詠っているわけではなく、周辺一帯の複数の高層ビルの窓を指して「高層の無数の窓」と表現されていると思います。

「信号」とあるので、道路が関係しているエリアでしょう。高層ビルの無数の窓のある場所、都会のオフィス街が思い浮かびますが、具体的にはオフィス街の交差点が歌の場面になっているでしょう。

主体は、無数の窓をもつ高層ビルが立ち並ぶオフィス街で働いているのでしょうか。「信号無視の一歩踏みだす」が、慌ただしい日常を端的に表しているように感じます。

車両のみならず、歩行者においても、信号無視は罰則が科される場合がある行為ですが、ここでは主体は信号無視であることを充分認識しながら、一歩を踏み出していることが見てとれるのではないでしょうか。主体ひとりが信号無視をしたわけではないかもしれません。多くの人々が、信号が赤であることをわかっていながら、渡っている状況がこのときあったのかもしれません。主体にとってもそうせざるを得ないなにがしかの状況があった可能性もあります。

ここで再び上句に注目すると「高層の無数の窓に見下ろされ」とあり、信号無視の一歩はまるで無数の窓に監視されているように感じられます。無数の窓のひとつひとつが、監視の目のように浮かび上がってくるのではないでしょうか。

信号無視は交通事故につながりかねない非常に危険な行為です。特に高層ビルが立ち並ぶ都会のオフィス街であれば、車両も人も多数存在しており、ひとつの信号無視が大事故につながりかねません。

もちろん、そういう危険性や罰則をわかったうえでの信号無視だったのだと思います。心の底から望んで行う行為ではないとは思います。ですから、「信号無視の一歩」にどこか後ろめたい思いがあったのでしょうが、その思いが無数の窓をただの無機質な窓に終わらせないようになっています。

高層の無数の窓は、これまでもその場に起こり得る数々の出来事をさまざまに映しとってきたのかもしれません。そしてこれからも、ひとりの人間の小さな行為さえも映していくことでしょう。

高層の無数の窓の存在が際立っている一首だと思います。

高層ビル
高層ビルの無数の窓

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