水仙の薫る小路を抜けてゆく朝の焼きたてコッペパンまで
藤島秀憲『すずめ』
藤島秀憲の第二歌集『すずめ』(2013年)に収められた一首です。
季節は冬、時間帯は朝。水仙が咲く小路を歩いている場面でしょう。冬の朝の冷たい空気に、水仙の香が一際感じられるのではないでしょうか。
さて、その小路を歩いていくのには目的があるようです。小路を歩いているのは「焼きたてコッペパン」を求めて、パン屋へ向かうためなのです。パン屋といいましたが、目的地がパン屋ではない可能性もあります。誰かパンを焼いてくれる人がいて、その人の家とも考えられます。どちらかはわかりかねますので、ここではパン屋に向かったと採っておきたいと思います。
下句の「朝の焼きたてコッペパンまで」といういい方が、とても巧くて印象に残ります。”朝に”ではなく「朝の」、”コッペパンを買いに”ではなく「コッペパンまで」というフレーズの組み合わせによって、コッペパンの焼きたて感や、そのコッペパンを求める気持ちが、より一層強調され伝わってくるように感じます。
「コッペパン」のある場所まで向かうというありふれた光景ではなく、まさしく「コッペパン」そのものに向かっていくという感じがしないでしょうか。それほど、この「コッペパン」は魅力的なのです。まして「焼きたて」です。読んでいるだけで、この「焼きたてコッペパン」がどれほどおいしいものか、想像を搔きたてられます。
前半の冬の冷たい雰囲気と、後半のコッペパンのあたたかさの対比が鮮やかであり、最終的には「コッペパン」に焦点が当たる仕掛けとなっているところが本当に巧いと思います。
巧いけれども嫌味ではないところに、この歌のよさがあるのではないでしょうか。
焼きたてのコッペパンがこれほどおいしそうに感じられる歌は他にあまりないかもしれませんが、この歌は「朝の焼きたてコッペパン」のおいしさが前面に出た一首として、とても惹かれます。


