【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【存在③】居場所は探すものではなく気づくもの

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【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【存在③】居場所は探すものではなく気づくもの
tankalife

人生を1mmでもよくしたい」の第42回(「存在」の第3回)です。今回は「居場所は探すものではなく気づくもの」と題して、自分が求める居場所について見ていきます。

「自分探し」ということがいわれますが、この行為は肯定的にも否定的にも捉えられています。

自分の価値観や方向性を見つめ直すことはすばらしいことですが、いつまでも「自分探し」をしていると、「もういい齢をして、いつまで自分探しをしているの?」のようにいわれることがあります。

自分の居場所を考える場合、今いるここではなく、もっと別のいい場所があるような気がしてしまいますが、本当にそうなのでしょうか。「自分探し」には「探す」という語が含まれていますが、この表現自体が、理想の場所がどこか遠くにあるような印象を与えてしまっているのかもしれません。しかし、重要なことは見つめ直すことです。どこか別の場所に本来求める自分がいるとは限りません。

「自分探し」とは、結局自分に「気づく」ことなのではないでしょうか。自分に気づくことができれば、どこか遠くの場所を必死で探しまわる必要もありません。

灯台下暗しの喩えもありますが、自分の居場所は遠くではなく、意外と身近にあるのかもしれません。それに気づくことができるかどうか、今いる場所を大切に思えるかどうか、今一度振り返ってみたいものです。

ここじゃない何処かへ行けばここじゃない何処かがここになるだけだろう 岡野大嗣『サイレンと犀』

今いる場所がどうも自分に合っていないと思っていればいるほど、理想の場所として「ここじゃない何処か」があるのではないかと考えてしまいます。

でも、「ここじゃない何処か」は本当に理想の場所なのでしょうか。「ここじゃない何処かへ行けばここじゃない何処かがここになるだけだろう」はまさにその通りだと頷きたくなります。「ここじゃない何処か」を飛び出して、次の「ここ」にたどり着いたとしても、やはりまた別の「ここじゃない何処か」を追い求めてしまう気がしませんか。

今自分がいるこの場所は、本当に自分が求める場所ではないのでしょうか。もう一度、今いる場所を見つめ直してみてはどうでしょうか。そのとき、「ここ」が輝いて見えるかもしれません。

新しい町で暮らせば新しい自分になれる(はずもないのに) 松村正直『駅へ』

「新しい町」と「新しい自分」を結びつけがちですが、場所だけを変えても自分が変わろうとしない限り、やはり自分を変えることはできないのではないでしょうか。

「(はずもないのに)」が痛烈に響きます。主体はわかっているのです。今の自分が、新しい町で暮らしても新しい自分になれないことに…。

変わるべきは場所ではなく、自分自身です。別のどこかに、変化した後の自分がすでに存在しているわけではありません。どこかにバージョンアップした自分が存在していれば、その自分を探すだけでいいのですが、そう簡単な話でもありません。新しい自分になるためには、結局は、自分の心もち次第ということになるのでしょう。

一般的に、新しい場所やどこか遠くの場所というのは、何かが変わるのではないかという期待をもって我々の前に迫ってきます。ですから、まだ見ぬその場所へ憧れるのは仕方ないことでしょう。しかし、大切なことは、本当にその場所にいきたくて仕方ないのか、今いるこの場所が嫌だから新しい場所へ逃避しようとしているのか、自分はどちらなのかをしっかりと見極めることなのではないでしょうか。

わけもなく家出したくてたまらない 一人暮らしの部屋にいるのに 枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』

「家出」というとき、通常は家族と暮らしている家があって、そこから出たいという場合に使います。しかし、この歌で面白いのは、「一人暮らしの部屋にいるのに」「家出したくてたまらない」と感じているところです。「一人暮らし」と「家出」のミスマッチ感が、この歌を忘れられない一首にしているのだと思います。

さて、初句に「わけもなく」とあるので、明確な理由があって家出したいと感じているのではないのでしょう。けれども「家出したくてたまらない」なので、家出したいという思いが急激に盛り上がってきて、かなり強くなっていることは窺えます。

一般的に家出の主な理由は、家族や同居人と一緒にいたくないという人間関係の問題が考えられますが、一人暮らしの場合、その悩みに苛まれることはありません。なのに、家出したいというのはどういうことなのでしょうか。

二つの理由を想像してみました。

ひとつは、「一人」でいることがつらくなって、反対に人とのつながりを求めているではないでしょうか。一人暮らしをやめて、誰かと一緒に暮らすことができるどこかの場所への希求が「家出したくてたまらない」を引き出しているのかもしれません。

もうひとつは、自分の居場所はここではないという思いが湧き上がってきたのではないでしょうか。いってしまえば「自分探し」です。仮にどこか遠くに引っ越して、同じように一人暮らしを始めても、しばらくすると「家出したくてたまらない」気持ちが再び湧いてこないとも限りません。そうなると、家出したいのは、一人暮らしなのか、誰かと一緒に住んでいるのかの違いというよりも、今いる居場所に対して納得できるかどうかにかかっているような気もします。自分の居場所を納得できれば、「家出したくてたまらない」は収まっていくのかもしれません。

どこか遠くの理想の場所を想像するよりも前に、まずは自分が今いる場所を見つめてみると、意外にも「ああ、この場所でいいのかも」と思えるかもしれません。

次に、今いる場所をよしとする歌をいくつか見てみましょう。

太陽を斜めに鷹のさへぎりつ この場所に今われも生きゐる 横山未来子『水をひらく手』

日々過ごす中で、今自分がいる場所をどれだけ大切に思えているでしょうか。

今いる場所をあまり意識せず、どこか遠くの理想と思われる場所を想像しながら日々を過ごすのは、今いる場所を疎かにしてしまうことに等しいかもしれません。理想の場所を想像するなというのではありません。理想の場所を思い描くことはすばらしいのですが、同時に今いる場所を大切にしながら生きていきたいと思うのです。

「この場所に今われも生きゐる」という言葉が強く伝わってきます。この場所に今自分が生きていることを肯定する確かさが感じられるのではないでしょうか。太陽を斜めに遮る鷹の飛翔は、迷いのない直線的な姿そのものを表していると感じます。その飛翔を見て、主体には「ああ、これでいいんだ」という確信に近い思いが湧き出してきたのかもしれません。

この場所であること、そして生きていること。それらを肯定する活力が体全体にみなぎっていくように感じられる一首ではないでしょうか。

バスのドア開きてバスより足下ろし立つた世界を肯定したい 香川ヒサ『ヤマト・アライバル』

まさに今いる場所を肯定していいんだよといってくれているように感じます。

普段生活しているときに、一体どれだけの人が、自らが今立っている地を本当に意識しているでしょうか。自分が今いる場所を肯定せずして、一体どの場所を肯定すればいいのでしょうか。

私自身についていうと、バスや電車から降りるとき、特に何も考えず降りていることが多いかもしれません。降りた後のスケジュールを考えたり、目的地のことで頭が埋め尽くされていることがほとんどかもしれません。じっくりと、自分の足裏の感覚を味わっている瞬間は、とても少ないのではないでしょうか。

この歌からは、「立つた世界を肯定したい」のストレートな表現が強く刺さってきます。バスや電車から降り立つとき、立った場所を肯定する意識を少しでももちたいものです。

ひとり来てなにかを思ひ帰りゆくさういふ場所がわたしにもある 池田はるみ『亀さんゐない』

今の自分を肯定できる、たったひとり自分だけの居場所をもっていますか。

その場所は誰かに見せるための場所ではありません。自分が自分を見つめ直す場所、そのまま認めてあげられる場所です。

このような場所をもっていることはとても豊かなことではないでしょうか。海辺かもしれませんし、山の麓かもしれませんし、あるいは田舎道かもしれません。お気に入りのカフェかもしれませんし、ビルの一角かもしれませんし、信号待ちの四つ角かもしれません。人それぞれ違うでしょうが、「さういふ場所」があることが大切なのです。

この歌に登場する「わたし」も、「さういふ場所」があることをはっきりと自覚しています。そして、その場所は「わたし」にとって生きていくうえで、必要な場所であり、大切にしたい場所なのだと思わされます。その場所で「ひとり来てなにかを思ひ帰りゆく」行為をすることにより、自分自身を保っていられるのではないでしょうか。

ちなみに私の場合は、「川原」がそのような場所に当たります。川のゆるやかな流れを見ていると気持ちが落ち着いてきますし、自分が悠久の時間の流れの中にいるように思われて、今の自分がここにいていいんだと感じられるからです。

ありがとう私の居場所でいてくれて 私に居場所でいさせてくれて 岡本真帆『あかるい花束』

居場所は何も土地やモノだけではありません。大切な誰かとの関係において、居場所を感じられたら、最高ですね。

この歌は丸々一首、感謝とあたたかさに充たされていると感じます。私の居場所は、あなたがいる場所そのものであり、あなたがいるところならどんな場所でも居場所になると詠われています。また、あなたにとっても私は居場所であるのです。あなたにとっての居場所が、私のいる場所であることはとても幸せなことでしょう。この歌からは、私とあなたの深い関係性を感じます。

互いを自分の居場所であると信頼できるとは、何とすばらしいことなのでしょうか。この歌で詠われる居場所は、地理的に定まった場所ではありません。たとえどこに移動しようとも、私とあなたがいる場所はすべて居場所となることを伝えてくれているのです。

以上、居場所を感じられる歌を見てきました。

自分が理想とする場所、心地いいと感じるであろう場所をつい遠くに求めてしまいがちです。しかし、そのどこか遠くにあるその場所は、本当に自分の居場所になるのかどうかを改めて問い直してみることも必要なのではないでしょうか。

そして、どこか遠くにある場所ではなく、今自分が立っている場所をもう一度見つめてみることも大切でしょう。遠くの場所に憧れていたけど、見つめ直すと、実は今自分がいる場所が、求めていた居場所だったのだと気づく可能性もあります。

自分が求める居場所は案外近くにあるかもしれません。探すのではなく、気づくを胸に、今一度自分が本当に求める場所はどこなのかを考えてみてはいかがでしょうか。

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