真剣に遊ぶ楽しさ子に説けり飛車角抜きの盤を挟みて
永田淳『1/125秒』
永田淳の第一歌集『1/125秒』(2008年)に収められた一首です。
状況としては、親と子が将棋盤を挟んで、一局勝負している場面です。
しかし、親と子の将棋の力量に差があるため、親は飛車角の二枚落ちにして勝負しているのです。飛車も角も大駒と呼ばれていますが、その名の通り、攻防に大活躍する駒です。攻める際にも大変有効ですし、特に成駒となった後の龍王や馬は守りにも最適です。
この大駒を二枚落ちにすることで、親と子の勝負はちょうどいい力量の対決になるのでしょう。
もし、飛車角を落とさない平手勝負であれば、真剣に勝負したとき、親が圧勝してしまうのだと思います。現時点では、親の方が将棋は強いのです。平手勝負においては、一方的な勝負になりますし、場合によっては子は負けたことで泣いてしまうかもしれません。そのようなことを考えると、平手勝負をした場合、親の側はあれこれ考えた末、手を抜いてしまうかもしれません。
手を抜くことがだめなわけではありません。ただし、この歌においては「真剣に遊ぶ楽しさ」を子に伝えることが主眼となっています。将棋を単に楽しむということ以上に、「真剣に遊ぶ」とはどういうことか、真剣であるからこそ「楽しさ」が生まれるということを子に説いているのです。
勝負事の面白さは、互いの力が拮抗しているときに最もよく現れると思います。例えば、野球やサッカーにおいても、どちらかのチームが強すぎてワンサイドゲームになってしまっては、あまり面白くありません。”メジャーリーガーのドリームチーム”対”町内会の草野球チーム”が対戦するとなれば、もう試合をする前から結果がわかってしまいますし、もし実際に勝負をしたとしても、圧倒的な力の差がありゲームとして成り立たなくなるでしょう。
掲出歌の将棋の勝負もこれと同様なのです。親も子も全力でぶつかることができ、力が拮抗する状態なのが、「飛車角抜き」の勝負なのです。
今回、「真剣に遊ぶ楽しさ」を伝える手段はたまたま将棋でしたが、将棋でなくてもよかったのかもしれません。「真剣に遊ぶ楽しさ」を伝えるにはどうすればいいのか。親の思いに子は応えてくれるのか。勝敗も大切だけれど、勝敗以上に大切なこともあるよと親は伝えたいのだと感じます。それこそが、この歌の焦点なのでしょう。
盤に向き合う二人の真剣な姿が立ちあがってくる一首です。


