エレベーターの歌 #10

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エレベーターの短歌

遅き春 エレベーターと階段のどちらを選んでも下へ行く
山木礼子『太陽の横』

山木礼子の第一歌集太陽の横(2021年)に収められた一首です。

「遅き春」とあり、春も終盤に差しかかった頃を指すのでしょうか。

建物の上階にいる場面でしょう。その建物には、エレベーターも階段も両方設置されています。階下にいくためにエレベーターを使うか、階段を使うか、主体が選択することが可能です。

エレベーターで降りても階段で降りても、「どちらを選んでも下へ行く」のです。当たり前といえば当たり前ですが、選択肢があるところをあえて詠ったところがこの歌の味なのでしょう。

一番の目的は階下にいくことでしょう。その目的を達成するためには、途中経過である手段はエレベーターでも階段でもどちらでもいいわけです。

しかし、ここで初句の「遅き春」が再び思い出されます。春のほがらかなイメージにおいて、エレベーターでも階段でも、そのときの気分によってどちらでも選べる状態にあることが、何とも豊かなことなのではないでしょうか。どちらかしかないのでもなく、どちらかの使用を強制されるわけでもなく、どちらでもいいですよ、どちらでも下にいくことができますよと提示されるだけで、どこかしら主体の心に余裕が生まれるような印象がもたらされていると感じます。

「遅き春」のひととき、主体はどちらを選んで下にいったのでしょうか。それを自由に想像するのも楽しく思われる一首です。

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