ラーメンの歌 #5

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ラーメンの短歌

淀むほど煮干しの入ったラーメンをひどい顔色でしあわせに食べる
柴田葵『母の愛、僕のラブ』

柴田葵の第一歌集母の愛、僕のラブ(2019年)に収められた一首です。

煮干しラーメンで有名なラーメン屋といえば、二郎系や大勝軒などが思い浮かびます。

この歌は、そんな煮干しラーメンを食べている場面を詠った歌ですが、食べているのは「淀むほど」煮干しが入ったラーメンです。具体的には、どこかのラーメン専門店のラーメンだと思います。

適量を超えた濃厚な煮干しによってスープは淀んでいます。そのラーメンを「しあわせに」食べているのですが、「ひどい顔色」で食べているところに、主体の感情のねじれ具合が表れているように思います。

この煮干しラーメンを食べているということは食べたいから注文したのでしょうし、しあわせに食べているので、やはり食べたいラーメンであることは間違いないでしょう。しかし、ラーメンを食べ始めてから食べ終わるまでの経過において、なぜ「ひどい顔色」を経由する必要があるのでしょうか。

癖があるけどおいしい、量が多いけど食べきりたい、においがきついけど食べたくなるなど、順当でないからこそ惹かれるみたいな感覚なのでしょうか。

表現の面から見ても、もし「いい顔色でしあわせに食べる」であれば、意味は通じやすくなりますが、歌としては当たり前すぎてつまらなくなってしまいます。また「ひどい顔色でいやいや食べる」であってもやはり面白くありません。

「ひどい顔色」と「しあわせに食べる」の組み合わせであるからこそ、そのミスマッチ感が読み手の意識を立ち止まらせ、歌として成立しているのでしょう。

それにしても「ひどい顔色」とは実際どのような顔色なのでしょうか。もし「ひどい顔色」を写真に撮ったら、どんな感じで映るのでしょうか。「ひどい顔色」は、”顔色が悪い”という表現とも違います。”顔色が悪い”であれば、風邪を引いたり、体調が思わしくないときに使う表現でしょう。でも「ひどい顔色」は、体調不良とはやはり違うと感じます。「ひどい」には”顔色が悪い”の”悪い”のイメージそのままの感じはありません。うまくいえませんが、「ひどい顔色」でも、体調は決して悪くないのでしょう。体調は普段と変わらないのかもしれません。しかし「ひどい顔色」になることがあるのです。これはやはり、この「淀むほど煮干しの入ったラーメン」を食べてみないことにはならない顔色なのではないかと想像してしまいます。

ともかく、ひどい顔色を経由するからこそ、このラーメンは奥深い一杯なのかもしれません。何とも不思議なラーメンの一首です。

煮干しラーメン
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