空白の歌 #4

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空白の短歌

くすの木の影も動かず大学にしづかな夏の空白があり
永井陽子『モーツァルトの電話帳』

永井陽子の第五歌集モーツァルトの電話帳(1993年)に収められた一首です。

「大学」「しづかな」「夏」「空白」とありますが、大学の夏休み期間のことでしょうか。普段なら学生であふれている大学に、ほとんど人がいないひとときがあったのでしょう。

大学は、学生、教授、事務員など、とにかく人が集まる場所です。人がいることで、成り立っている場所といってもいいでしょう。人と人とが関係をもち、学びの場が形成されているのです。

このように、人がいることが常態化している場所において、人の気配がないというだけで、何か特別な静けさに似たものを感じることがあると思います。その様子を「しづかな夏の空白」という表現で捉えたところが魅力的であり、スケールの大きさを伝えてくれる歌になっていると感じます。

さて、「夏の空白」に納得感を与えているのは、初句・二句の「くすの木の影も動かず」という具体物の描写によるところが大きいと思います。樟の木がつくりだす大きな影でさえ動くことがないほどの状況といえば、よほどの「静」である状態なのではないかと想像します。

いや、いくら夏休みの期間とはいえ、実際には学生もまばらにいるでしょうし、教授は自室にこもって研究を続けていることでしょう。また、売店なども営業日を限って運営しているかもしれません。

つまり、この大学には、たとえ夏休みであったとしても、人がまったくいないという状態ではないのです。しかし、夏休みではない普段の学期における人の喧騒と比べると、あきらかに「しづか」であったのでしょう。この静かさは、今この瞬間、夏休みに入らないと、体感できなかった静寂だったのではないかと思います。

「樟の木の影も動かず」からもたらされた「静」の状況が、下句へスムーズに連結され、読み手は「夏の空白」というスケールの大きな表現を無理なく受け入れることができるのでしょう。

改めて「夏の空白」という表現が、そのスケールの大きさとともに魅力的に感じられるのではないでしょうか。

一般的に「夏」は、開放的な印象のある季節です。ですから、夏の開放感に対して、その反対方向に位置するような「静寂」の時間が提示されると、その相反するものの組み合わせ効果によって、かえって「夏の空白」のイメージが強められ、こちらに迫ってくる一首だと思います。

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