【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【受容⑥】時間の治癒力を信じて待とう

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【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【受容⑥】時間の治癒力を信じて待とう
tankalife

人生を1mmでもよくしたい」の第35回(「受容」の第6回)です。今回は「時間の治癒力を信じて待とう」と題して、つらいことはいつか時間が解決してくれることについて見ていきます。

つらいことやかなしいことが起こったとき、つらい、かなしいといった感情とどのように向き合っているでしょうか。つらい、かなしいにばかり意識が集中し、なかなかそこから抜け出すことができないということもあるでしょう。

そのようなとき、いつか時間が解決してくれると思うのもひとつの有効な考え方かなと思います。

これまで、このシリーズの投稿記事でも度々書いていますが、私は中学二年生のときに、授業中クラスメイトの前で話そうとすると声が震えてしまい、うまく話せなくなってしまいました。当時は、本当につらくて、どうしてこんなことになったのだろうと何度も何度も自分に問いかけました。しかし、当時は結局何も状況を改善することができませんでした。つらいことばかりに意識がいくだけでした。現状を変えることができず、学校にいくのが本当に嫌でした。授業中は先生から「当てられませんように!」ということばかり祈っていました。

高校にいっても、やはりクラスメイトの前で当てられるとうまく話せない日々は続きました。大学にいくと、さすがに中学や高校のように毎回当てられるような授業が少なくなりました。しかし、それでも口頭テストや発表などはありましたから、その時間は本当に逃げ出したいものでした。また、できるだけみんなの前で話さないといけない状況で、避けれるものは避けるようになっていました。

最初の会社に入ってからは、研修期間中の発表や三分間スピーチなどでも相変わらず緊張は解けませんでした。配属されてからは、グループ勉強会のようなものが不定期であり、そこではもちまわりの発表がありました。中学生の時と比べると多少は改善されていたものの、そのときもうまく話せたという実感はありませんでした。

結局、中学二年生に起きた出来事をずっと引きずって生きてきたのです。人前で話すということが本当につらくて、逃げられる場面は逃げてきました。今現在はどうかというと、人前で話す機会はそれほどありませんが、やはりまったく抵抗がないとはいえません。しかし、以前とは違い、少しは気持ちが楽にはなっています。

中学二年生から考えると、今現在はもう三十年以上の年月が経過しています。その間、何とか生きてきて、色々な考え方を取り入れてきて、今の自分があると思います。今だからいえることかもしれませんが、中学二年生のときには見えなかった捉え方が、今は少しできるようになっているようにも思います。

結局、時間が経つことで、人前で話すことへの抵抗が、少しずつ緩和されてきた部分が大きいと思います。「日にち薬」という言葉があります。日にちが経てば治るということですが、つらさやかなしさについても、本当に癒えるまでには、日にち薬みたいなものに頼るところがあるのではないでしょうか。

今発生したつらいこと、かなしいことは、今すぐには解決できないかもしれません。そんなときは、やがて時間が解決してくれると思うと少しは気がまぎれるかもしれません。

今すぐどうにもならないときこそ、時間の治癒力を信じて待ってみてはどうでしょうか。

それでは、時間の経過が心を癒してくれると感じるような短歌を見ていきましょう。

かなしみは洗練されてゆくだろう胸にしまえる鈴のサイズに 木下龍也『オールアラウンドユー』

かなしみに襲われたとき、そのかなしみはとてつもなく大きなものに感じて、一生このかなしみから抜け出せないのではないかと感じてしまうこともあると思います。

例えば、失恋、大切な人との別れ、受験の失敗、仕事でのミスなど、数え上げればきりがないかもしれません。かなしいと感じることは、いつどこからでもやってくるでしょう。

では、かなしみに対してどう向き合えばいいのでしょうか。そのひとつとして、「かなしみは洗練されてゆくだろう」とこの歌は教えてくれるのです。「洗練」とは、余分な要素が落とされて磨き上げられていくことを意味します。ですから、すぐには折り合いがつけられなかったとしても、時間が経てば、やがてそのかなしみは、純度の高いかなしみとして結晶化されていくということだと思います。

洗練されたかなしみは、当初感じていたどうしようもないかなしみとは異なり、きちんと正面から冷静に向き合えるかなしみとなっているのではないでしょうか。

時間が経ってもかなしみはかなしみのままであり、このかなしみは決してなくなることはないでしょう。しかし、一旦「胸にしまえる鈴のサイズ」になったかなしみは、もう二度と膨らむことはないのではないでしょうか。

鈴に関していえば、歌集『オールアラウンドユー』には、次の歌も収録されています。

鈴を手で包んでそっと揺らしたらちいさくにぶいぼくだけの音

鈴のサイズになったかなしみは、もうどこかへ消えてほしいと思っていた当初のかなしみではありません。むしろ、自分だけの愛おしいかなしみに変わっているのではないでしょうか。

そのように変えてくれたのは、時間のおかげかもしれません。人生をより深いものにしてくれたかなしみを、いつまでも胸にしまって、時折鳴らしてみるのも素敵ではないでしょうか。

目が覚めたらきつとなんでもないといふ気がして銀の器をはこぶ 魚村晋太郎『花柄』

先ほどの歌は少し長いスパンの時間経過を感じさせる歌でしたが、この歌は一晩という時間経過を思わせる歌です。

何かつらいことがあったときに、周りの人から「一晩眠ったら忘れるよ」といわれたことはありませんか。この言葉には、時間が経ったらつらいことも忘れるよといった意味が込められているでしょう。この歌も、そのような一晩眠った後の目覚めた朝の場面を詠った歌だと思います。

昨日何か心に引っかかる出来事があったのではないでしょうか。昨日は、ずっとそのことを考えていたのだと思います。起こった出来事がいいことであればいいのですが、あまりよくないことだと、いつまでもその出来事ばかりが頭から離れません。もうすでに起こってしまったことなのでいつまでも悩んでも仕方ないし、悩むよりも今後どうするかを考える方が大事だとはわかっているのですが、つい起こった出来事のことをぐるぐると考えてしまうものです。

主体も昨日はあれこれと悩んでいたのかもしれません。でも、目が覚めたら「きつとなんでもない」という気になってきたのでしょう。出来事自体が起こったという事実は、昨日も今日も何も変化していませんが、「目が覚めた」ことによって、昨日の出来事が大したことなかったと思えるようになったのです。何かきっかけでもあったのでしょうか。突然ふっと心が軽くなったのかもしれません。「なんでもない」に変わるには、何かしらのスイッチが必要な気がしますが、すべてはっきりとした理由やタイミングを説明できるわけではありません。

とにかく「なんでもない」と思えたのです。

さて、「銀の器」は銀食器のことでしょうか。昨日の出来事が、目が覚めた後もつらいものであると感じたままであれば、銀の器を運ぶ気もなかったのかもしれません。でも、今「きつとなんでもない」という気がしていますし、銀の器も運べる心のありようなのです。

一晩という短い時間ではありますが、これも立派な時間の経過がもたらした効果といえるのではないでしょうか。

忘るとふ幸ひあらむきざみたる茗荷はかるく水面に浮けり 横山未来子『樹下のひとりの眠りのために』

時間の経過に関連して、忘れるということについて見てみたいと思います。この歌がまさに忘れることについて詠っています。

時間が経てば、だんだんと人は忘れていく生き物です。いいことも嫌なこともすべて、時間が経てば次第に忘れてしまうでしょう。では、果たして、忘れることはかなしいことなのでしょうか。残念なことなのでしょうか。

この歌は「忘るとふ幸ひあらむ」と詠っています。忘れることはさびしいことではなく、むしろ幸せなことなのではないでしょうか。

茗荷を食べると物忘れをするといわれますが、その言葉が下敷きとしてあり、茗荷が登場します。キッチンで料理をしているところでしょうか。刻まれた茗荷がボウルか何かの水面に浮かんできた場面が描かれています。

茗荷の浮かぶ様子を見ていると、「忘るとふ幸ひあらむ」という思いが自然に湧いてきたのかもしれません。

生きていくためには、「記憶しておく力」よりも「忘れる力」の方が必要かもしれません。そして、忘れるためには時間が必要なのです。

もし、つらくかなしい出来事をいつまでも鮮明に記憶し続けなければならないとしたらどうでしょうか。そうだとすれば、常に心に負荷をかけながら生きていくことにはなりはしないでしょうか。

忘れるということは一見さびしいように感じますが、実はそうではありません。今後の人生を充実しながら、今を見つめて生きていくためには、「忘れる」は欠かせないことなのだと思います。すぐに忘れてしまう出来事もあれば、長い間心に残り続ける出来事もあります。いずれにしても、出来事が起こった瞬間の鮮明さは時間とともに薄れていくでしょう。薄れていくことはむしろ幸いであり、つらくかなしい出来事をいつまでも薄れさせずに生きていくことは大変です。

時間の経過とともに忘れることで、人は生きていけるのではないかとこの歌は伝えてくれているように感じます。

若き日の問ひは大方消え去りぬ答なきまま 散りゆく雲よ 春日いづみ『地球見』

若い頃だけとは限りませんが、人生というのは、問いの連続だと思います。

なぜ生きるのか、なぜ働くのか、なぜ人は死ぬのか……

人生における問いというのは、数学の問題のように明確な答えがあるわけではありません。この歌の「若き日の問ひ」というのも、おそらくは簡単に答えることのできない「問ひ」だったのではないでしょうか。

若き日から随分時間が経過してから詠まれた歌であり、「若き日の問ひ」を振り返っているのでしょう。

あのとき抱いていた疑問や悩みも、時間が経てばいつしか忘れてしまうものであり、明確な答えが出ないまま、消え去ってしまったのです。本当は答えを出したかったのかもしれませんが、出せずに終わってしまったのです。ある意味、時間が解決してくれたということもできるでしょう。

結句の「散りゆく雲よ」が印象的です。ここには複雑な思いが重なっているように感じます。

ひとつは、答えのないまま問いが消え去った、つまり答えは出なかったけれど解消されたということを、雲が散る様子に重ねることができるでしょう。

もうひとつは、その問いが消え去ったこと自体のさびしさのようなものを感じます。かつてのように、もう新たな問いを抱いたり、考えたりすることはないのかもしれません。若き日には考えても考えても答えの出なかった問いに対して、悩まされつづけた時期もあったのでしょうが、もう今はそれに悩まされることもなくなってしまったのです。若き日の熱い日々が、そして熱い気持ちが薄れていく様子が「散りゆく雲」に重なり、何ともいえない気持ちになります。

「散りゆく雲よ」の「よ」が、単純には表せない感情をより一層物語っているようで印象に残ります。

また四句と結句の間の、この一字空けはとても効果的だと感じます。一呼吸置いた後の「散りゆく雲よ」で、場面が空にフォーカスされる、この間合いがとても心地よい一首です。

「問ひ」は慌てて解決する必要があるものばかりではないのでしょう。時間が解決してくれる「問ひ」がきっとあると思います。

楽になる時はあるときふっとくる あるときふっとはいつやってくる 中津昌子『風を残せり』

生きていくことが楽で楽しくて仕方ないという人は珍しいかもしれません。あるいはそんな人でも、長い人生の中では、つらくしんどい時期もきっとあったのではないでしょうか。

人生うまく楽しくいっているときは、自分の人生を見つめる機会はそれほど多くないでしょう。しかし、人生がうまくいっていないとき、つらいときほど、自分の人生を深く何度も見つめてしまうのだと思います。

何もかもが嫌になってしまいそうなとき、くじけそうなとき、このつらさは一体いつまで続くのかと考えずにはいられません。そんなつらい状況を乗り切るのに、このつらさは期間限定、きっと「楽になる時」がくると思えるかどうかは、結構大切なことかもしれません。

「楽になる時はあるときふっとくる」、そう思えるかどうかが、今のこのつらい状況を踏ん張れるかどうかに関わってくるでしょう。いや、そう思わずには今のこの現状をやり過ごすことはできないのかもしれないのです。

しかし、下句で「あるときふっとはいつやってくる」とあり、楽になるときがくるという期待は裏切られてしまいます。「楽になる時」はいつになってもやってくる気配がないのでしょう。「あるとき」はまだやってこず、「ふっと」もやってこないのです。「楽になる時」がくるというのは幻想なのでしょうか。勝手な思い込みなのでしょうか。

この歌では、「あるときふっとはいつやってくる」というやや客観的に見る余裕があるため、究極に追い込まれた状況ではないとも想像できます。しかし、楽ではないという状況に変わりはないでしょう。ただ、時間が経てば、きっとよくなるという気持ちがまだ消えてはいないと感じられます。

「楽になる時」を夢見て、主体は今日も明日も懸命に生きていく、その姿が背後に滲み出ていて、軽妙な言葉捌きながらも深さを伴った歌ではないでしょうか。

以上、時間の経過のやさしさを感じる歌を見てきました。

人生にはいいことばかりではなく、つらくかなしいと感じる出来事も起こります。そのときに、どう乗り越えていくのかに向き合ったとき、時間がやがて解決してくれると思うことが、心を穏やかにしれくれることもきっとあると思います。

今すぐ解決できなくても、時間が経てば解決できた、あるいは起こった出来事に対する見方が変わり、当初のつらさやかなしみが和らいだということにもつながるでしょう。

今どうしてもつらいと感じるとき、かなしいと感じるとき、うまくいかないと感じるとき、時間の治癒力を信じて待ってみるのはいかがでしょうか。

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