tankalife「人生を1mmでもよくしたい」の第19回(「視点」の第7回)です。今回は「変化を存分に楽しむ」と題して、変化に向き合うことについて見ていきます。
「変化」と聞いて、どのような印象を受けるでしょうか。
変化することは、難しい、大変だ、怖ろしいと感じる人も少なくないかもしれません。そう感じるのが、何も悪いということではありません。それどころか、人間にとって変化を怖れるのはごく自然なことなのでしょう。
なぜなら、人間にはホメオスタシスという機能が備わっているからです。
ホメオスタシスとは何か。辞書の意味を見てみましょう。
ホメオスターシス [homeostasis]
生体が外的および内的環境の変化を受けても、生理状態などを常に一定範囲内に調整し、恒常性を保つこと。また、その能力。神経やホルモンの働きによる。米国の生理学者キャノンが提唱。ホメオスタシス。
『デジタル大辞泉』
つまり、ホメオスタシスとは、外部環境が変化しても、体温、血糖値、免疫系などの身体状態を一定に保ち、生命を維持する自動調節機能を意味します。
また、身体的機能だけでなく、心理学においては、現在の生活環境、生活スタイル、思考のパターンなどを一定に維持しようとする心理傾向も意味します。変化を避けて、今のままがいいとブレーキがかかるのは、ホメオスタシスの機能が一因にあるのでしょう。
変化しないといけないとうすうす感じているけど、変化することが怖いというのは、ホメオスタシスの観点から見ると、必ずしも意志が弱いというレベルの話ではありません。
元々人間には、現状を維持しようとする傾向があったのです。ですから、変化に直面すると、急に物事が億劫になったり、変化を避けたりするようになりがちです。
人間は、変化を避けて現状を維持しようとする生き物なのだという認識から始めることが大切なのでしょう。
ただし、変化することを避けてばかりいたら、人生が少しもったいない気がしませんか。現状維持は確かに安心するかもしれません。でも、現状維持の先に待っているのは、現状と同じ状況です。一方、変化は怖いことかもしれませんが、変化することから生まれる新しい局面というのはきっとあると思います。変化を避けることで、その新しい局面を味わわないのは、人生の楽しみを減じているように感じないでしょうか。
何も、人生一か八かの大きな変化をしようというつもりはありません。ほんの少しでいいのです。ほんの少しの変化を意識するだけで、人生はわずかでも動き出すのではないでしょうか。
例えば、知らない道を通ってみるというのはどうでしょう。
通勤のとき、今日はこっちの道を通ってみようと、少し変化をつけるのはどうでしょうか。。通ったことないけど、何となくいけそうな道というものがあるのではないでしょうか。少し遠回りになるかもしれないけれど、その道を通ってみたとします。それでもいってみると思ったほどは時間がかからなかったり、今まで気がつかなかったお店や建物を新たに見つけることができるかもしれません。勤め始めの頃は同じ道ばかり通っていたけれど、多少余裕がでてくて違う道を通るようになると、ここの道がここにつながっていたのかと気づくことは結構あるのではないでしょうか。
小さな変化でいえば、他にも色々あるでしょう。いつもコーヒーばかり注文しているけれど、たまには違うドリンクを注文してみるとか、同じキャップ帽子ばかりかぶっているけど、今日は鍔広の帽子をかぶってみるとか…。
非常に小さな変化ですが、こういう変化を積み重ねていくと、人生がだんだんと拡大していって豊かになっていくのだと感じます。
それでは、「変化」を感じられる短歌に触れて、変化することを楽しめる気持ちになっていきましょう。
棚前を細胞のように入れ替えて変化してゆく日々を生きよう 佐佐木定綱『月を食う』
「棚前」とあるので、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどの店舗での、商品の入れ替え作業でしょうか。売り場の商品を「細胞のように入れ替えて」いる様子が詠われていますが、日々入れ替わる商品を想像したとき、いわれてみると確かに「細胞」のように感じられます。
人間の細胞も日々新しいものに生まれ変わっているでしょう。それと同じように、店の商品も次々に入れ替え作業が必要になっているのだと思います。そこにあるのは「変化してゆく日々」なのです。現状維持の姿勢は見られません。
結句の「生きよう」に力強さが感じられるのではないでしょうか。「変化してゆく日々」を、心の底から肯定しているわけではなさそうですが、否定している様子はほとんど窺えません。どちらかといえば、変化していくのは当たり前と思っているのではないでしょうか。変化するのは当然として、どうせ変化する日々なのであれば、その変化を受け入れて、存分に生きていってやろうと、そんな思いが感じられます。
「細胞のように」変化していく日々は、速度をもってさまざまな出来事が起こり得る日々なのだと思います。
窓枠のかたちの届く距離が日々変化して人生はおもしろい 虫武一俊『羽虫群』
「窓枠のかたち」とは、部屋の床や壁に現れる陽の当たった窓の影のことを指しているのでしょう。その影のかたちが日ごとに変わっていく、つまり季節の移ろいを感じている様子がこの歌から伝わってきます。
主体は、窓の影が「届く距離が日々変化」していくことを興味をもって眺めており、そこから「人生はおもしろい」という感情につながっていくのです。小さな変化を見つめる目が素敵だと感じます。
人生はつらいと感じながら生きるより、どうせなら楽しく面白いと感じながら生きていくほうがいいでしょう。いいかえれば、人生をどう楽しく面白く捉えられるかということではないでしょうか。
人生は思い通りにいくことばかりではありません。むしろ思い通りにならないことの方が多いかもしれません。そんなときでも、その状況をどう捉えるかが大切で、現状は変わらないけれども、捉え方次第で人生を変えていくことはできることもあるのではないでしょうか。
「人生はおもしろい」というためには、窓枠のかたちの日々の変化といった小さな変化にも気づくことができる目の向け方が重要でしょう。そのような些細な変化をどれだけ楽しめるのか。その変化を楽しめる人だけが「人生はおもしろい」といえるのかもしれません。
窓の影が伸びたり縮んだりしていく様子に気づかなくても、日常生活を送る上でたいした影響はないでしょう。しかし、人生を豊かにするかどうかという視点に立てば、これは圧倒的に窓の影の変化に気づける日々の方がいいといえるでしょう。
人生とは、同じような繰り返しの毎日が続くように感じられる中でも、小さな変化を見つけて楽しめる心をもっているかどうかで面白さは変わってくる、そんなことを考えさせられる一首です。
ていねいな暮らしに飽きてしまったらプッチンプリンをプッチンせずに (水野葵以『ショート・ショート・ヘアー』)
「プッチンプリン」はグリコが発売する人気商品ですが、特徴はやはり、容器の底のつまみを折ってお皿にプリンを「プッチン」と出すところでしょう。もちろんプッチンと出すから「プッチンプリン」なのですが…。
さて、この歌では「プッチンプリンをプッチンせずに」と詠われています。なんと、プッチンプリンの最大の特徴であるプッチンを使わないのです。驚きといえば驚きです。ここにこの歌の最大のポイントがあるわけですが、プッチンしない理由は、ずばり「変化」を求めるためなのです。
主体は日々「ていねいな暮らし」を続けてきたのでしょう。おそらくプッチンプリンを食べるときも、毎回丁寧に器にプッチンしてから、食べていたのではないでしょうか。プッチンプリンはプッチンするところに楽しさがあるわけですが、主体は、毎回毎回同じようにプッチンすることに何か疑問を感じてしまったのだと思います。
確かにプッチンプリンをプッチンすることは商品の特徴を最大限に活かす食べ方ですし、グリコもそれを望んでいるでしょう。しかし、たまにはプッチンせずに食べてみたらどうなるだろうかを考えたのです。いつもいつもプッチンして食べることはルーティン化しているといえないだろうか。ルーティンが悪いわけではないけれど、毎回同じ食べ方というのも飽きてきたなあ、ちょっと違う食べ方もしてみたいなという思いが浮かんできたのでしょう。
プッチンプリンをプッチンせずに食べることは、小さなことかもしれませんが「変化」に他ならないでしょう。その小さな変化が、日々の生活に彩りをもたらすのです。
プッチンプリンという具体的なものによって、変化を楽しむ気持ちが強く伝わってくる歌ではないでしょうか。
常に変化してゐることが安定なり相場に関はるほどに思へり 本多稜『游子』
金融相場でしょうか。「相場に関はる」とあるので、相場関連の仕事をしているのかもしれませんし、仕事でなくても相場に関わることを行っていることが窺えます。
注目したいのは「常に変化してゐることが安定なり」という部分です。一般的に「安定」と聞くと、変化がなく現状維持しているような状況を思い浮かべます。しかし、ここでは「安定」を「常に変化してゐること」と定義しています。
仕事でよくいわれるのは「現状維持は衰退と同じ」ということです。現状維持の姿勢は、一見安定していて、その状態が永続しそうなイメージがありますが、決してそうではありません。例えば、自社が現状維持している間に、他社は新たな革新を推し進めていくかもしれません。そのとき、現状維持の自社は他社に後れをとっていないといえるでしょうか。現状維持は安定のイメージというのが、そもそも間違いなのかもしれません。
「現状維持は衰退と同じ」という視点に立って、この歌を見たとき、やはり「変化」こそが「安定」なのだと腑に落ちます。変化の連続というのは想像するだけで大変なことですが、変化こそが安定へつながる唯一の道なのかもしれないと感じさせてくれるのではないでしょうか。相場のような大変な業界においても、常に変化を楽しむ心をもつことができれば、なお素晴らしいことでしょう。
Zigzagにゆくじんせいがおもしろいつきのひかりやどろにまみれて 藪内亮輔『海蛇と珊瑚』
ここまで何度も、人生に「変化」があれば面白いということに触れてきています。この歌も、人生は単調でないからこそ面白いことを伝えてくれる一首ではないでしょうか。
「Zigzagにゆくじんせいがおもしろい」がいいですね。ジグザグではなく「Zigzag」の表記もジグザグ感が増しているようにも思います。ジグザグにいかない人生、つまりまっすぐな人生よりは、「Zigzagにゆくじんせい」の方がきっと変化に富んで面白いのでしょう。
正負でいえば、「つきのひかり」は正の側、「どろ」は負の側に当たるものの象徴でしょう。「つきのひかり」に照らされてあたたかく楽しい瞬間もあれば、「どろにまみれて」さびしくつらい瞬間もきっとあるのでしょう。でも、そんな「Zigzag」だからこそ人生が面白くなってくるのだと思います。
人生はそもそも「Zigzag」なんだという認識をもっていれば、人生で起こるすべてのこと、あらゆる変化を楽しむことができるのではないでしょうか。
生きるうえで大切なことは、Zigzagを避けることではなくて、Zigzagを楽しむ心持ちなのかもしれません。
鬼やんま銀やんま さう人生はいろんな事があるものだから 矢部雅之『友達ニ出会フノハ良イ事』
こちらの歌も、人生が単調でないことを教えてくれるでしょう。
「さう人生はいろんな事があるものだから」というフレーズは、難しい言葉は一切使われていないにもかかわらず、非常に落ち着きがあり、深さを感じさせてくれるのではないでしょうか。
本当に人生には「いろんな事」があるのだと思います。ひとことではとても語れないものでしょう。でも、その「いろんな事」を受け入れることができるのかどうかで、人生の質は随分と変わるのではないでしょうか。「いろんな事」を嘆くのではなく、受け入れて楽しんでしまうのです。「いろんな事」には、うれしいことはもちろん、かなしいこともたくさん含まれているでしょう。それでも、「いろんな事」を楽しめるかどうかがキーになるのです。
初句に登場する「鬼やんま銀やんま」ですが、すいすいと同じ場所を何度も飛んでいる場面でしょうか。傍目には気楽に飛んでいるように見える「鬼やんま」も「銀やんま」も、実際のところは複雑な思いを抱えながら飛んでいるのかもしれません。同じ場所を何度も決まりきったように飛んでいるように見えても、実は鬼やんま銀やんまは、変化を求めて飛んでいるのかもしれません。
「人生はいろんな事があるものだから」こそ、いろんな事を存分に楽しむことができれば、非常に起伏のある楽しい人生になるのではないかと感じます。
一つこと終はれば一つこと起こる日々の窓辺のシャコバサボテン 小島ゆかり『憂春』
先ほどの「さう人生はいろんな事があるものだから」に通じる一首です。
「一つこと終はれば一つこと起こる」は、まさに「いろんな事」が発生する人生の日々を詠いきっているのではないでしょうか。
いいことにしろ悪いことにしろ、何か「一つこと」が起こって、それに向き合って、それが一段落する。そうすると、また別の「一つこと」が発生するのです。その別の「一つこと」も、いいこともあれば悪いこともあるでしょう。しかし、とにかく「一つこと」はひっきりなしに発生するのだと思います。ひとつひとつ対応していくのは、さぞかし大変なことでしょう。
でも、そんな「一つこと」が一切発生しない日々を想像したとき、「一つこと」が次々起きる人生が途端に豊かなものに思えてこないでしょうか。何も起こらない日々は、ある意味気楽かもしれません。ただ、何も起こらない日々は面白くないかもしれません。
人生が豊かに感じるのは、日々「変化」があることによるところが大きいのではないでしょうか。
「窓辺ノシャコバサボテン」は何もものいわず、次々起こる「一つこと」をずっと見つめ続けていたのだと思います。いい悪いの判断はせず、その起こることを淡々と見つめていたのかもしれません。主体に対して、解決の何のヒントもくれなかったでしょう。でも、シャコバサボテンがそこにあることだけで、いいのです。「一つこと」を一緒に見つめてくれるだけでいいのです。日々の「変化」を一緒に味わってきた主体とシャコバサボテンの存在が際立つようで印象に残りますね。
さて、私自身についても、小さな変化を大切にするように意識しています。冒頭でも触れましたが、通る道を変えてみるのはもちろん、カフェで頼む飲み物は、できるだけ飲んだことがないものにも挑戦してみようという気持ちで注文することも多いです。また、飲み物や食べ物を買うにしても、今まで入ったことのない店に入ってみるということも、できるだけやってみるようにしています。
そうすることで、今まで気づいてなかった新しい発見があると思います。
些細な変化といえば、些細な変化ですが、このような些細な変化を楽しんでいると実感できることが、ああ人生豊かだなあと感じることそのものにつながっている気がします。
変化を存分に楽しむ。
意識して日々を過ごしていきたいと思います。




