傘の歌 #9

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傘の短歌

外履きのバッシュに桜がついてくるすぐに着くから差してない傘
岡野大嗣『音楽』

岡野大嗣の第三歌集音楽(2021年)に収められた一首です。

この歌は、日常の一場面といえば一場面ですが、「外履き」「バッシュ」「桜」「傘」といった名詞が並ぶことと、「傘」に対して「差してない」という否定が入ることで、なかなかに興味深い一首になっていると思います。

「バッシュ」とはバスケットシューズのこと。「外履き」とあるので、内履き用と区別して使用しているのでしょう。

季節は桜の咲く4月。雨で桜の花びらが地面に散ってしまっている光景を思い浮かべました。外履きのバッシュで雨の降る中を走っていると、そのバッシュの靴底や側面に桜の花びらが何枚か付着してきたのでしょう。

行き先は遠いところではありません。すぐ近くのすぐ到着する場所です。近くの場所だから、傘を差していないと詠われているのです。

歌集『音楽』において、この掲出歌の一首前には次の歌が置かれています。

春としかいいようのない夜 ゆびにCDはめたまま会いにいく

会いに行く相手は、主体にとって親しい間柄なのでしょう。指にCDを嵌めたまま会いに行くのは、早く音楽を一緒に聴きたいからでしょうか。とにかくCDを嵌めたまま向かっていけるほどの距離なのです。

もしこの距離が、電車に乗ってバスに乗って、降りてからはレンタサイクルでも借りて5kmほどいかなければならないほど離れていたとすればどうでしょうか。指にCDを嵌めたまま会いにいくことは難しいでしょう。

掲出歌に戻りましょう。

「差してない傘」は、傘をもっておらず差していない状況と採れるでしょう。傘を手にもっているけれど広げていない状態を「差してない傘」と表現することもできますが、ここでは前者の意味合いで採りたいと思います。

つまり実際に、傘をもってもいなかったし、差してもいなかった状況という読みです。傘をもっていないのですが、どうしても「傘」の映像が浮かんできてしまいます。差していないのですから、そこに傘は登場しないのですが、「差してない傘」と改めていわれると、どうしても「傘」を想像してしまうのではないでしょうか。

これは、藤原定家の名歌〈見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ〉の「見せち」の技法を思い起させるでしょう。「見せ消ち」とは、一旦映像を見せておいて否定することで、かえってその映像のインパクトを増大し、脳裏に焼きつけてしまう技法です。定家の歌でいえば「花も紅葉も」存在しなかったのに、読み手の頭の中には「花も紅葉も」しっかりと像が結ばれてしまうことです。

掲出歌では、傘がないのに「傘」の像を思い描いてしまうことに当たります。

掲出歌は「傘」に注目した歌ですが、傘が差されていないにも関わらず、傘の景を読み手の中に浮かび上がらせる一首になっていると思います。上句の具体性と、下句のイメージ喚起力がうまく組み合わさった歌ではないでしょうか。

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