学年の会議でもらったチョコレートぼんやり溶けて夏は近づく
千葉聡『海、悲歌、夏の雫など』
千葉聡の第五歌集『海、悲歌、夏の雫など』(2015年)に収められた一首です。
高校教諭である著者ですから、「学年の会議」というのは勤務する学校における会議であり、そこでもらったチョコレートについて詠っている歌だと思います。
会議の際にもらったチョコレートをすぐに食べずに、職員室の自分の机の引き出しか、あるいは家の自室の机の引き出しかどこかにしまっておいたのではないでしょうか。
もらいものというのは、すぐ消費する場合と何となく放っておいてしまうという場合があります。もらったはいいけれど、放っておいてしまったということは多くの人が経験しているのではないでしょうか。
これが食べ物ではなく、腐らないモノだった場合は少し話は違っていたかもしれません。しかし、食べ物の場合、消費期限や賞味期限があります。もらってから、近いうちに食べる必要があります。いや、何も義務ではありません。せっかくもらったものなので、喜んで食べればいいわけですが、それがあまり好きなものでなかったり、何となく今食べる気分でなかったりということもあるでしょう。あるいは、反対に、もらったものが大事過ぎて食べられないというケースもあるかもしれません。
モノをもらうこと自体は素敵なことですし、ありがたいことなのですが、もらった側としては、もらった以上それをきちんと消費なり、使用なりする未来の行動が、もらった瞬間に発生してしまうのです。小難しいことをあれこれ考える必要なく、さっさと食べたり使ったりしてしまえばいいではないかという声もあるかと思いますが、そううまくいく場合ばかりではないでしょう。
さて、掲出歌では、季節はやがて夏に近づき、日中の気温もだんだん高くなってくる頃となりました。食べずにしまっておいたチョコレートは高い気温によって「ぼんやり溶けて」いってしまったのです。
夏が近づいたからぼんやり溶けたのか、ぼんやり溶けたから夏が近づいたのか、このあたりは表裏一体のようですが、チョコレートが溶けていくさまを「ぼんやり」と表現したところがとても巧いと思います。
夏が近づくさまが、チョコレートという具体物によって時間経過を感じさせながら読み手に伝わってきます。
このチョコレートはおそらくその後も食べられることなく、本格的な夏が近づいたのではないかと想像します。


