【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【時間④】時間は有限だからこそ人生の密度が高くなる

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【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【時間④】時間は有限だからこそ人生の密度が高くなる
tankalife

人生を1mmでもよくしたい」の第4回です。今回は「時間は有限だからこそ人生の密度が高くなる」と題して、時間の有限について見ていきたいと思います。

焼肉やしゃぶしゃぶなどの食べ放題が人気ですが、食べ放題にいって気づいたことがあります。それは、人は食べ放題のときはしきりに時間を気にするのに、生きることそのものになると途端に時間に無頓着なのではないかということです。

いや、人のせいにしてはいけませんね。私自身がそうでした。

例えば120分間の食べ放題とすると、ラストオーダーは30分前だから、90分間は気にせず食べることができるなあ。90分経過するとオーダーできなくなるから、80分経過したくらいからラストオーダーを考えないと…。飲み物も残り30分間で飲みたいものを合わせて考えておかないと…。あっ、デザートもあるんだった。どのデザートを頼もうか、これは後でお腹のふくれ具合で決めよう…。そもそも食べ放題の開始時間はいつからスタートするのだろう。「ハイ開始!」といわれてからなのか。そうなると何を注文するか悩む時間がもったいないから、ある程度先にどれを頼むかメニューを見て決めておいた方がよさそうだな…。

このように、120分という食べ放題においては時間を意識して、場合によっては逆算して、あれこれと考えるのに、殊人生となるとあまりに長すぎるためか、有限ということに対する意識が、食べ放題のときよりも明らかに下がっているのです。

時間の有限性について見ていきたいと思いますが、まずは時間の方向性について詠った歌があります。

ハイウェイの左右に街は見えながら時間はつねに真後ろへ過ぐ 小島ゆかり『エトピリカ』

時間の捉え方にはさまざまあると思いますが、過去から未来へ進む一定量をもっているものが時間であると捉えたとき、時間が進む方向は一方通行であり、逆戻りはできません。

この歌は、時間の方向をはっきりと力強く示しています。ハイウェイで通ってきた道を車で戻ったとしても、時間は巻き戻せません。戻せないから貴重なんですね。

次の歌は、まさに時間が有限であることを強烈に感じさせてくれる一首ではないでしょうか。

一日が過ぎれば一日減つてゆくきみとの時間 もうすぐ夏至だ 永田和宏『夏・二〇一〇』

日々の生活を送る中で、一日を無駄にしたなあ・・・・・・・と感じることはしばしばありますが、一日減ってしまった・・・・・・・と感じることは少ないかもしれません。

もちろん人生が有限であることは、誰しも感じているでしょう。しかし、その終わりは、未来のどこか遠いところで訪れると考えていませんか。今すぐ人生の終わりがやってくるわけではないと考えている限り、「一日が過ぎれば一日減つてゆく」という思いが湧いてくることは中々ないのかもしれません。

「一日が過ぎれば一日減つてゆくきみとの時間」を強烈に意識するのは、人生の終わりが近いうちに訪れるかもしれないという状況があるからではないでしょうか。

時間が有限であると強く意識したとき、残り時間の総量が明確化され、その残り時間は増えることのない限られた範囲であることが改めて感じられたのです。「一日減つてゆく」の表現からは、一日の重みと密度が滲み出ています。

「夏至」は昼の時間が一番長い日です。夏至を過ぎれば、後は昼の長さがだんだんと短くなっていくばかりです。その様子は「一日減つてゆくきみとの時間」に重なります。

この歌は、作者の背景にまったく触れずに読むことはできない歌かもしれません。歌に登場する「きみ」は、作者の妻であり歌人の河野裕子を指しています。この歌が詠まれた翌年である2010年(平成22年)に、河野裕子は病のため亡くなりますが、まさに一日一日がとても貴重であることをこの一首は物語っています。

一日が終わってこの世で生きる日が一日減って夕焼け小焼け 笹本碧『ここはたしかに 完全版』

死ぬまでの時間のつねに縮まつてゆくこと蕪の煮えてゆくこと 荻原裕幸『永遠よりも少し短い日常』

放射状歩道橋上笑いあう人生ははじめから残り時間 谷村はるか『ドームの骨の隙間の空に』

これらの歌を読むと、残り時間の貴重さが改めて浮き彫りになってくるでしょう。残り時間に焦点を合わすと、ときにはその短さに、ときにはその長さに卒倒しそうになることもあるかもしれません。しかし、一旦立ち止まって残り時間を見つめることは、今の自分の位置を確認すること、そして自分は人生で一体何を本当にやりたいのかを突きつめることにつながると思うのです。ですから、今一度、時間は有限であることを意識することはとても大切だと思います。

何をするにも遅すぎるということはありません。時間は有限ですが、残りの人生において、今この瞬間こそが最もたくさんの時間を有しているのです。何かを先延ばしにすれば、先延ばしにした分、時間は減っていきます。ですから、自分がやりたいと思ったことは、思い立った今この瞬間に始めてみようではありませんか。

人生の時間について思うときに思い出すがのが、次の中国のことわざです。

木を植える最も良い時期は、20年前である。次にいい時期は今である。

もしも20年前に木を植えていれば、今現在その木は立派に成長していたでしょう。しかし、20年前に木を植えていなかったらどうでしょう。今から植えたとしても、もう遅すぎるのでしょうか。いや、そんなことはありません。20年前に戻って木を植えることはできませんが、今植える行動をとることはできます。

過去には戻ることはできないとしても、今この瞬間からは何でも始めることができるのです。

時間とは有限であり、生まれたときが最大の時間を有していて、死ぬときが最小の時間つまりゼロの時間となってしまうものです。ですから、何かを始めたいと思ったら、今この瞬間から始めてみたいものです。時間は有限であるがゆえに貴重であり、その瞬間を思いっきり生きることが人生の密度を高くしてくれると思います。

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