【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【時間③】5分前でも5分後でもない今を生きる

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【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【時間③】5分前でも5分後でもない今を生きる
tankalife

人生を1mmでもよくしたい」の第3回です。今回は「5分前でも5分後でもない今を生きる」と題して、「今」という瞬間を生きることについて考えていきます。

唐突ですが、平日に「早く土日にならないかなあ」と考え、いざ休日になると「月曜日がくるのが嫌だなあ」と気持ちが暗くなっていませんか。

少し前までの私がこの状態で、心ここにあらずでした。休日に外へ出かけても、心のどこかで月曜日嫌だなあという思いがあり、純粋に休日を楽しめませんでした。また平日に週末のことばかりに意識を向けるのは、平日5日間をすべて捨てているようであり、せっかくの休日を未来の不安で上塗りしてしまっている生き方だといってもいい過ぎではありません。

いい方はよくありませんが、このような「捨て試合」に近い生き方はできれば避けていきたいものです。そこで、今回は今を生きることに焦点を当てていきましょう。

「今を生きる」ことは何となく大切だということは、誰かにいわれなくても感じている人は私も含めて多いのではないでしょうか。しかし、本当に今を生きているのかと自分に問いかけたとき、今を生きていると堂々といえるのかといえば、甚だ心もとなくなります。

冒頭の平日と休日の話にも通じますが、何かをしながら別のことを考えているなんていうことはありませんか。例えば、コーヒーを飲みながらスマホで今日の天気を調べていて、そのときのコーヒーの味がどうだったかあまり覚えていない。例えば、本を読んでいるけれども、同僚に対する今朝の余計な発言を振り返って、本の内容は一切入ってこず、ページだけがめくられているなど…。

「今を生きる」ということは、今ここを、今この瞬間を見つめることです。それは一年前でも一年後でもなく、昨日でもなく明日でもなく、5分前でもなく5分後でもなく、今この瞬間をどれだけ意識できるかということでしょう。

今は、今この瞬間を純粋に見つめて楽しめばいいのです。例えば、外に食事に出かければ、目の前のおいしいものを全力で味わうことが、今この瞬間を生きることであり、それができれば本当にすばらしいことです。おいしい食事を前にして、今起こってもいない仕事のことで悩んでいる暇はありません。

箸で割る小籠包からあふれ出る肉汁いつも今を生きたい 小坂井大輔『平和園に帰ろうよ』

この歌を読むと、今を生きることの大切さに気づかされます。目の前の小籠包にこれほど集中した瞬間はあるでしょうか。あふれ出る肉汁への視線は、まさに小籠包への意識の集中度合いを示しています。今この瞬間に、小籠包以外のことは一切考えていないでしょう。目の前の小籠包だけを見つめて、小籠包をおいしく食べること。それこそが今を100%生きることであり、今を生きることができればとても幸せです。

小籠包を食べているまさにそのときに、「小籠包の後、何を食べようかなあ」などとは考えてはいけません。小籠包を食べるときは小籠包に最大限意識を集中させるからこそ、最高においしい小籠包を味わうことができるのです。ああ、本当に食べたくなってきました…。

さて、今を見つめて生きようと決意したにも関わらず、私たちを邪魔してくるものがあります。それは何でしょうか。最たるものは「過去」と「未来」です。過去と未来は中々に厄介者です。次の歌はそんな未来を詠っています。

未来から走る不安を追い抜いて今日いまここをフルスロットル 笹本碧『ここはたしかに 完全版』

過去に起きた過ちに対して自責の念に駆られたり、まだ起こってもいない未来の出来事に不安を感じたりすることはないでしょうか。でも、そのような自責の念も不安も、今この瞬間を大切に生きることにおいてはまったく役に立ちません。それどころか、貴重な今という瞬間を侵食してしまっているともいえるでしょう。

「いまここ」を全力で生きることができれば、どれほどすばらしいでしょうか。過去や未来に意識を置くのではなく、「いまここ」に意識を集中させて生きていく、そんな力強さが「フルスロットル」には込められているのではないでしょうか。

もう一首、今と未来の対比を見つめた歌を見てみましょう。

将来は見ない聞かない言わないでポップコーンと帰る夕暮れ 川島結佳子『感傷ストーブ』

「将来は見ない」は、将来の計画がないというよりも、今訪れてもいない将来のことをあれこれいうのをやめるということではないでしょうか。将来の不安であれこれ頭を悩ますよりも、大好きなポップコーンでも買って家でゆっくりと食べようといったワクワクが伝わってきます。ポップコーンを買って帰るこの日の夕暮れが一段と輝いて見えます。

では、なぜ今を見つめることが大切なのでしょう。

それは、この今という瞬間が二度とは訪れないからではないでしょうか。平凡な日々を繰り返していると思っていても、昨日と何もかもがまったく同じ今日が訪れるわけではありませんし、同じように見えることであっても、昨日の瞬間と今日の瞬間はやはり違うはずです。そう考えると、今この一瞬と同じ瞬間は二度とは現れないのです。

哲学をしてゐるやうに眠りをりけふのおまへはけふしかゐない 大松達知『ゆりかごのうた』

日ごとの差は非常に小さなものだとしても、人は日々成長しています。昨日の自分、今日の自分、そして明日の自分を比べた場合、何かしらの小さな変化は必ずあるはずであり、いずれも同じ自分はいないでしょう。それぞれが異なる自分であり、その瞬間にしか味わえない自分というものが必ずいるはずです。

「けふのおまへはけふしかゐない」はとても素敵なフレーズですね。このようにいわれると、途端に今日の存在がとても尊いものに思えてくるではありませんか。

子が脱ぎて眠りにゆきしズボンより今日は今日なる砂がこぼれる 中津昌子『遊園』

もう一首、子に関わる歌を見ていきましょう。「今日なる砂」は明日にもち越されることはないでしょう。だからこそ今日の砂であることが特別な意味をもって、砂の一回性が今日を一層貴重なものだと感じさせてくれるのです。「今日なる砂」から、今日一日の子の全力の行動や存在のイメージがふくらんでいきますね。

みてみてね きょうみてみてね あしたにもあしたがあるとおもわないでね 枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』

具体的に何の場面か詠われていませんが、例えば「写真送ったから見といてね」といわれて「明日見るから置いといて」と答えた場面を想像してみましょう。その写真は本当に明日見ることができるのでしょうか。明日同じように生きているとは限りません。「今」この瞬間は存在しても、明日があるかどうかは確実ではありません。「あしたにもあしたがあるとおもわないでね」は、今この瞬間の大切さを伝えて強く響いてきます。

今を生きるということは、今を極限まで見つめて生きることです。過去や未来ではなく、今この瞬間に集中することは、人生を本当に大切に生きることにつながると思います。人は油断していると、すぐ過去の後悔や未来の不安について考えはじめてしまうものです。そのとき「今」がおろそかになってしまいます。人は「今」という瞬間しか生きられないのに、「今」がおろそかになってしまうことはとてももったいなく、本当に今を生きているとはいえないでしょう。

喜びとは何だろうか。またいつ人は喜ぶのだろうか。それは、自分が真に現前げんぜんしているときである。自分が存在し、「今日」がまたあるということ、これが喜びである。喜びが存在するのは、現前している時間以外のときではありえない。 ― キルケゴール ―

(佐藤文隆、高橋義人『10代のための古典名句名言』)

心配とは、起こるかどうかもわからない問題に自分を苦しめさせるめちゃめちゃ損な行為です。

(Testosterone『とにかく休め! 休む罪悪感が吹き飛ぶ神メッセージ88』)

これらの言葉にもハッとさせられますね。今を存分に喜び味わうことの大切さを感じますし、何も不安を先取りする必要はないと気づかせてくれます。

思考は簡単に過去にいったり、未来にいったりしますが、だからこそ今この瞬間を意識して最大限に生きることができれば、それは本当にすばらしいことではないでしょうか。

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