Google mapは教へてくれぬ私のではなく人類の現在地
香川ヒサ『The quiet light on my journey』
香川ヒサの第九歌集『The quiet light on my journey』(2023年)に収められた一首です。
Google Mapは大変便利で、地図はもちろんのこと、自分が現在いる場所も教えてくれます。自分が移動すれば、地図上の現在地も移動するので、自分が今どこにいるのかがすぐにわかります。
掲出歌では、その便利さをわかった上で「教へてくれぬ」といっています。何を教えてくれないかというと「人類の現在地」です。
Google Mapを開いている自分自身の現在地は、非常にわかりやすく便利に教えてくれます。つまり「人類」の個々人の現在地はまったく問題なく教えてくれるのです。しかし、個々人ではなく「人類」という概念としてまとまったとき、「人類の現在地」は、さすがのGoogleでも簡単に教えるということは難しいでしょう。
そもそも「人類の現在地」とはどこなのでしょうか。これは地図上に示すことのできる場所という問題ではありません。過去から現在、そして未来へと向かう時間軸を伴った流れの中で、我々人類はいったいどこへ向かおうとしているのか、そして今現在どこにいるのかということをいっているのだと思います。
「人類の現在地」は、Google Mapに訊くべき問題ではないでしょう。「人類の現在地」は人類そのものが決定していくものです。
しかし、Googleに尋ねたくなる気持ちはわからなくありません。それほど「人類の現在地」が不透明ということをこの歌は表しているのだと思います。安心して「人類の現在地」を把握できるような状況であれば、わざわざ誰かに訊いたり、Googleに訊いたりすることはないでしょう。
あらゆる情報をもっているGoogleでさえも「人類の現在地」は教えてくれないよねといった、やや溜め息まじりの主体の姿が浮かんでくるようです。「人類の現在地」はそれほど複雑で、予測できないものだと思います。主体ももちろん答えがもらえるとは思っていませんが、「人類の現在地」に対するもやもやした思いから、このような歌が生まれたのだと感じます。
短期的スパンで知りたいのは「私」の現在地かもしれませんが、長期的スパンで、また本当に教えてほしいのは「人類の現在地」なのではないでしょうか。

