観覧車の歌 #14

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観覧車の短歌

動かない観覧車では整備士が朝の光を受けて働く
谷川電話『恋人不死身説』

谷川電話の第一歌集恋人不死身説(2017年)に収められた一首です。

観覧車と聞いて想像する景といえば、観覧車がゆっくりと回っているイメージではないでしょうか。

「動かない観覧車」を想像することはあまりないと思いますが、この歌では「動かない観覧車」に注目しています。しかも、観覧車をメンテナンスする「整備士」が登場します。整備士が朝の光を受けて働くという状況は、もちろん実際に存在する光景でしょうが、観覧車を乗り物として利用する我々一般客からすれば、動かない観覧車、そして観覧車の整備は、普段まず想像の範囲外に置かれる状況だと思います。それは、観覧車は”乗る”遊具であり、”整備する”ものとしては、通常認識していないからでしょう。むしろ、整備の様子を乗客に見せることは、観覧車のたたずまいとか美しさを考えた場合、そぐわないものなのかもしれません。

しかし、ここでは、そのような普段想像外に位置する状況を「朝の光」をもってきて、とても美しい光景として詠っているのです。「朝の光受けて」はシンプルながらも、明るさに満ちた言葉であり、整備士の労働の充足感が伝わってくるように感じます。

さて、掲出歌が収められている本歌集の解説では、穂村弘は谷川電話の特徴について次のように述べています。

谷川電話は、このような情報の可視/不可視性に対する感度が非常に高く、かつ扱い方に特徴がある。

そして掲出歌については、次のように捉えています。

「観覧車」の「整備士」とは、社会的には不可視の存在だろう。

実際にはこの世に存在するのに、多くの人々にとって想像の外部に置かれている状況、穂村弘の言葉を借りれば「不可視」の状況を、掬いとって歌にするのが作者は巧いのだと思います。

ひとついっておく必要があるのは、社会的に不可視であったとしても、それはイコール存在しないということを意味しないということです。不可視であっても、そこに存在はしているのです。間違いなく、観覧車の整備士は、観覧車という物体に関連して存在しているのです。それが普段見えていないだけであり、掲出歌のように歌にされると、突然整備士の存在が輝き出すのです。

殊更大仰にいうわけでもありませんが、さりげなく「不可視」の状況が歌として差し出されると、読み手は新しい情報を眼前に置かれた状態となり、新鮮な感覚を覚えるのではないでしょうか。

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