ポータブル将棋で昼を賭けながら土曜出社に慣れていきなよ
小俵鱚太『レテ/移動祝祭日』
小俵鱚太の第一歌集『レテ/移動祝祭日』(2024年)に収められた一首です。
最近はスマホでも将棋ゲームができるため、外で実際の将棋盤を囲むという機会は、以前に比べて減っているかもしれません。
この歌は職場の人たちと将棋をしていることが窺えますが、「ポータブル将棋」が登場します。ポータブルの名前の通り、通常の将棋盤とは違って、持ち運びに便利なようにつくられています。多くはマグネット式になっていて、駒がくっつくため落ちないようになっています。
「土曜出社」とあるため、土曜日なのでしょう。週休二日制が始まってから土曜日が休みの会社が多いのでしょうが、この職場では土曜日に勤務があるようです。平日との振替でしょうか。「慣れていきなよ」とあるため、今回偶々一回きりというわけではなく、ある程度定期的に土曜出社があるということがわかります。それとも本来休みだけれど、仕事量が多すぎて平日だけでは処理しきれず、やむなく土曜日も出勤して仕事をしている状況かもしれません。
さて、そんな土曜出社なのですが、土曜日は職場の人たちの中で将棋をして昼ご飯を賭けるやりとりがあるようです。平日も賭けている場合もあるでしょうが、ここでは土曜日だから将棋で昼ご飯を賭けていると読みたいと思います。平日は職員食堂が営業しているかもしれませんが、土曜日は営業しておらず、土曜出社した人たちで外食するか、出前を頼むか、あるいは近所のコンビニで昼ご飯を買うかといったことが想定されます。
そのときに支払いを誰にするか、あるいはどちらにするかをポータブル将棋で決めているのでしょう。
この賭けに参加している人たちの将棋の強さはある程度同等でないと成り立たちません。誰かが圧倒的に強すぎれば、賭けに負ける人がほぼ決まってくることになるので、そのような状況では賭けに参加しようというふうにはならないからです。
「土曜出社に慣れていきなよ」は先輩から後輩への発言でしょうが、やはり仕方なく土曜出社しているという心境が伝わってきます。特に土曜出社したいわけではないけれど、そのような中でもポータブル将棋による昼ご飯賭け勝負がひとつの楽しみになっているのでしょう。いや、土曜出社が面白くないからこそ、せめて面白いことを組み込みたくて、この賭けが始まったのかもしれません。
普通の将棋盤と駒ではなく、「ポータブル将棋」というところにリアリティを感じる一首です。
