傘の歌 #23

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傘の短歌

立て置きし傘が玄関に倒れたりおどろくほどの音にあらねど
藤島秀憲『すずめ』

藤島秀憲の第二歌集すずめ(2013年)に収められた一首です。

日常の本当に些細な出来事を詠った歌で、あまり目立つ歌というわけではありませんが、味わいのある歌だと思います。

玄関の隅に傘を立てかけていたのでしょう。

「立て置きし」という表現が適切な語彙選択となっており、短い言葉の中で傘の状況をすっと表現しています。続く「玄関に」で場面が提示されます。

立てかけていた傘が倒れたのですが、そのときに主体は傘が倒れた音を聞いたのです。それは聞こえないほどの音ではなく、かといって驚くほど大きな音でもなかったということが伝わってきます。「おどろくほどの音にあらねど」というところに、この歌の味わいがよく出ているように思います。

傘が倒れたときの主体の位置に注目してみると、玄関にいたのではなく、部屋の中にいたのでしょう。もし目の前で傘が倒れたとすれば、「立て置きし」という表現と合わないように思いますし、そもそも驚かないのではないかと思うからです。

驚くのは不意をつかれたときであり、予想もしていなかった音が急に聞こえたからこそ、驚く可能性があるのでしょう。しかし、傘が倒れた音は驚くほどの音ではなかったということでしょう。

おそらく最初に音が聞こえたときは、傘が倒れたということはすぐにはわからなかったのではないかと思います。まず音がして、それは玄関の方から聞こえてきて、何かが倒れた音だとわかり、最後に傘が倒れた音だとわかるという流れをたどったのではないでしょうか。もちろんいちいち論理的に考えていくということではなくて、瞬間的に傘が倒れたことに思い至るのですが、傘が倒れたと気づくまでを細分化すれば、こういう経緯をたどるのではないかということです。

結果として「おどろくほどの音にあらねど」と詠われていますが、殊更そのようにいうということは、音が聞こえた段階、つまり傘が倒れたと気づくまでに、一瞬驚いたのではなかったか、そのようなことまで想像させます。

驚かないというのは驚くの裏返しであるように思うのです。

初句から結句まですっと読めてしまう歌ですが、主体の位置や、主体の感情、そして時間の経過などがさまざま折り込まれた一首なのではないかと感じます。

立てかけた傘
立てかけた傘

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