ビル風に髪がおどってくれたからとてもちいさな決心をした
安田茜『結晶質』
安田茜の第一歌集『結晶質』(2023年)に収められた一首です。
何かをしようと心に決めることは、少なからず心に負荷を伴うものでしょう。決心をせず、昨日と同じような毎日を送っていたら、抵抗は少ないかもしれませんが、同時に変化も少ないと思います。
掲出歌は「ちいさな決心をした」場面をが詠われています。
どんな決心かはわかりませんが、大きな決心ではなく「ちいさな決心」なのです。主体にとって、何か心に決めたことがあったのでしょう。
そのきっかけとして上句に理由が書かれています。「ビル風に髪がおどってくれたから」とありますが、髪がおどるという表現に余裕を感じます。
強いビル風に吹かれたとき、髪が乱れたと感じる場合が多いかもしれませんが、それを「おどってくれた」と捉えているところに、主体がものを見る目にプラス思考のようなものを感じます。
順番としては「おどってくれたから」「決心をした」となっていますが、実際は「ビル風に髪がおどってくれた」のは単にきっかけに過ぎなかったのかもしれません。
主体の中に、まだはっきりとかたちにはなっていないけれど、心に決めたい事柄があって、それがビル風を機にはっきりと「ちいさな決心」として表れたということではないでしょうか。つまり、ビル風が起こってから初めて決心に意識が向いたというよりも、前から心の奥底に決心に関する何かもやもやしたものがあり、ビル風に髪がおどったことを契機として、主体として納得して決心することができたということだと感じます。
大きな決心ではなく「ちいさな決心」というところに、手触りを感じ、読んでいてとても心地いい一首だと思います。