質問に過ぎない生を生きながら捨ててしまった片方の生
山崎聡子『青い舌』
山崎聡子の第二歌集『青い舌』(2021年)に収められた一首です。
「今生きている人生で本当によかったのだろうか?」
生きていれば、こんな疑問が出てくることもあるでしょう。特に人生がうまくいっていないとき、不安なとき、どこか物足りないときなど、いずれにしても現状に納得がいっていない場合、このような疑問が心の中に湧きおこってくるのだと思います。
そして今の人生ではないもうひとつの人生、つまり自分が選んでこなかった人生に思いを馳せてしまうのです。
掲出歌は、そんなもうひとつの人生を見つめている歌でしょう。
「質問に過ぎない生」という表現が魅力的です。「生」とは「質問に過ぎない」といっているのですが、確かに、生きるということは問いかけの連続であるのかもしれません。
そもそも人生とは選択の連続であり、常にどちらを選ぶか、どの道をいくのかの判断を迫られています。逆にいえば、その判断の連続こそが人生といってもいいでしょう。
選択を迫られない生は、人生とは呼べないものかもしれません。
この歌の主体は「質問に過ぎない生」を生きているという認識をもちながらも、「捨ててしまった片方の生」に思いは及びます。
いや、選択の連続、問いかけの連続であるからこそ、選ばなかったもうひとつの「片方の生」のことを考えてしまうのではないでしょうか。
もし生きることが決まりきった一本道であるならば、選択の余地がない一方通行の道であるならば、「捨ててしまった片方の生」という存在自体があり得ないでしょう。
選択や問いかけにあふれた生だから、現在の生を見つめるのでしょうし、その裏返しとして捨ててしまったもうひとつの生の存在が立ちあがってくるのです。
もしあのときああしていたらどうなっていただろう、という問いかけを自分にしたことがない人はいないのではないでしょうか。この問いかけは未練がましい問いかけのように感じるかもしれませんが、そうではなく、自らが選んできた人生をもう一度振り返って見つめ直すための問いかけでもあるのだと思います。
問いかけがあるから人生は面白く、歩んでこなかったもうひとつの生があるからこそ、現在自分が生きている生がより一層輝いてくるのではないでしょうか。
「質問に過ぎない生」を生きることは大変すばらしいことなのではないか、そんなことを感じさせてくれる一首です。