何者かにならなきゃ死ぬと思ってた30過ぎても終わらない道
岡本真帆『水上バス浅草行き』
岡本真帆の第一歌集『水上バス浅草行き』(2022年)に収められた一首です。
有名になりたい、お金持ちになりたい、誰にもできないことを成し遂げたいなど、長い人生において、そのように思うことは自然なことでしょう。しかし、「何者」かになりたいと思う人もいれば、特に何かになりたいわけではないと思う人もいます。
掲出歌は、何者かに”なりたい”と思っていたというのではなく、「ならなきゃ」と思っていたという主体が登場します。
“なりたい”であるのか「ならなきゃ」であるのかは大きな違いでしょう。願望ではなく、追い立てられるような気持ちを想像します。主体は、30歳になるまでに「何ものかにならなきゃ死ぬ」と思い込んでいたのです。しかし、実際はどうでしょう。30歳を過ぎても、特に死ぬことはなく、毎日のように陽は昇るし、夕方になれば陽は沈んでいくのです。これまでとあまり変わることのない日常が、30歳を過ぎても繰り返されているのです。
「終わらない道」という部分に、肩透かしを食らったような、また諦め感のようなものが滲み出ているように思います。
30歳を過ぎてから過去を振り返ると、何者かにならなければならないと思っていた頃の方が輝いていたのではないかと主体は感じているのかもしれません。結果的には、何者にもなれていない現状があるのでしょうが、それでも人生は続いていくのです。
30歳を過ぎた今、もう何者かになることに縛られることはないのかもしれませんが、かつての「何者か」に変わる何かを探しながら、「終わらない道」をこれからも歩んでいく、そんな人物の姿が見えてくる一首です。