理解されなくてもいいのだ生きている時間はそんなに長くないから
川本千栄『樹雨降る』
川本千栄の第三歌集『樹雨降る』(2015年)に収められた一首です。
他者に理解されるかどうかというのは、日々生活する上で割と大きな位置を占める要素かと思います。
職場にしても、学校にしても、家庭にしても、地域のコミュニティにしても、他者と関わり合う中で、他者に理解されなければ、やがて孤立していくかもしれません。理解されて初めてつながりが生まれると思いますが、理解されないままだと、人は離れていくでしょう。
ですから大抵の場合、輪からはみ出したくないために、理解されるにはどう振る舞えばいいかを考えながら生きているのではないでしょうか。
しかし、掲出歌は全く反対の「理解されなくてもいいのだ」という強いフレーズから始まっています。
他者に理解されずに生きていくよりも、理解されて生きていく方がよほど生きやすいと思います。
ただ人生というのは、長いようで短いものなのかもしれません。特に短命で終わった場合はなおさらでしょう。そのような短く貴重な人生において、他者に理解されようとすることばかり考えて生きている暇はないよとこの歌は教えてくれているようです。
つまり、自分の人生という大きな視点に立ったとき、他者に理解されるかどうかよりも、自分の人生を貫けるかどうかの方がはるかに重要だと感じさせてくれるのです。
掲出歌は、画家ゴッホを取り上げた「ひまわり」と題された一連にあり、ゴッホの絵またゴッホその人について詠っている歌でもありますが、同時に作者が自らを見つめ直している歌でもあるでしょう。
死を迎える瞬間に、もっと自分を貫けばよかったと後悔だけはしたくない、この歌を読むとそのような思いが湧き起こってきます。
人生は長くない、だからもっと自分を貫いていい、読むたびに鼓舞してくれる歌で、平易な言葉で書かれていますが、とても力強さを感じる一首です。