進むため選ばなかった道の分豊かになるのが人生である
犬養楓『救命』
犬養楓の第二歌集『救命』(2022年)に収められた一首です。
人生にはいくつもの分岐点があるでしょう。小さなものから大きなものまで。そのたびに選択を迫られるわけですが、人生とはいうなれば選択の連続であるともいえると思います。
分岐点というのは、過去を振り返ったとき、より明確に浮かび上がってくるものなのかもしれません。渦中にいるときは選択することで精いっぱいで、あのときが人生の岐路だったと感じるのはずっと後になってからなのではないでしょうか。
掲出歌は、そんな岐路について詠んだ歌です。
分かれ道において、選んだ道があるということは「選ばなかった道」があるということであり、その「道の分」だけ人生が豊かになると詠っています。
分岐点が少ない人生は、選択の必要がないという点ではスムーズかもしれません。しかし、その場合、どちらにするか、どれにするかを選択するために悩むということもないわけです。
この歌の「豊か」は金銭的な豊かさではなく、心の豊かさです。この「豊か」は、選ぶために悩むという行為によってもたらされるものであると感じます。特に大きな選択を迫られたとき、その選択の経験は人をより成長させるのではないでしょうか。
選択の経験が多ければ多いほど、人は考え、悩む機会が多いことにつながります。結果、選んだ道がどんな道であったかよりも、選択するということ自体が豊かさにつながるという点が、この歌が伝えたかったことなのではないでしょうか。
選ばなかった道のことをいつまでも引きずるよりも、選ばなかった道があることで今の自分があるということをもっと認めてもいい、そんなふうに感じさせてくれる一首です。