カニってさヤなことあってもピースしてるピースって英語で平和らしいよ
菊竹胡乃美『心は胸のふくらみの中』
菊竹胡乃美の第一歌集『心は胸のふくらみの中』(2023年)に収められた一首です。
カニのはさみを、じゃんけんでいうチョキ、Vサイン、ピースに見立てることは誰でもやったことがあるのではないでしょうか。
この歌は、まさにカニのはさみのかたちに注目した歌ですが、構成としては大きく二段階になっています。
第一段階が「ヤなことあってもピースしてる」で、第二段階が「ピースって英語で平和らしいよ」です。
まず「ヤなことあってもピースしてる」ですが、カニに「ヤなこと」があるのかどうかは、カニに直接訊いたわけではないでしょうから、本当のところはわからないでしょう。そもそも好きとか嫌いとかいう概念が、カニにはあるのでしょうか。それなのに「ヤなことあっても」と勝手に断定しているところが面白く、初句二句の詠い方から、読み手は割と自然に”カニにも嫌なことあるよなあ”と思わされてしまうような仕掛けになっています。
またカニのはさみは、ピースサインをしたくてしているわけではないでしょうし、それ以外のかたちを取りようがない形状なのです。それをまたまた勝手に、カニの気持ちは脇に置いておいて、「ピースしてる」という決めつけを行っているところに、何というか、主体の思いが突き進む感じがして興味深く感じます。
続いて「ピースって英語で平和らしいよ」ですが、今度は形状のピースから、言葉のピースへ転換しています。「ピース」(Peace)は英語で「平和」の意味で、それを誰かに伝えるともなくつぶやいているような印象を受けます。
ピースサインは元々は、勝利をアピールするVサイン(Victory「勝利」のV)からきたようですが、日本ではピースサインで通っています。
「ピースしてる」や「平和らしいよ」には、否定的な捉え方はほとんど感じません。「ヤなことあってもピースしてる」は、主体の捉え方ですが、そのように考えられるところに、プラスに見ようとする主体の目を感じます。
このときの主体はもしかしたら、あまりうまくいっていない状況だったのかもしれません。そんなとき、カニのはさみを見て、自身の状況と比較したのではないでしょうか。
自分はあまりうまくいっていない状況だけど、カニはいつでもどんなときでもピースしている、それって素晴らしいことだよねという思いがあったのかもしれません。カニのはさみから、「ピース」や「平和」を導き出せるところに、主体の気持ちには肯定的な要素が含まれているように感じます。
さらっと読み飛ばしてしまいそうな歌ではありますが、実はじんわりとしたあたたかさを感じる一首なのではないでしょうか。



