グッモーニン人生どうでも飯田橋人生どうにか鳴門大橋
初谷むい『わたしの嫌いな桃源郷』
初谷むいの第二歌集『わたしの嫌いな桃源郷』(2022年)に収められた一首です。
力みすぎず、流れのままに任せてきっとなんとかなるだろうという、この歌の感じが好きです。
「人生どうでも」”いい”+「飯田橋」、「人生どうにか」”なる”+「鳴門大橋」が掛かっているわけですが、このように並ぶととてもリズミカルに読めて、すっと心の中に入ってきます。
この駄洒落に近いいいまわしは、一部分だけを取り上げるとどこかで聞いたような気もします。ひょっとすると元ネタになる言葉があるのかもしれませんし、仲間内だけで流行していた言葉かもしれませんし、作者は元々知らなかったけど思いついたものかもしれません。それはわかりませんが、これらを短歌の中に組み込んで一首としてつくりあげたのは、間違いなく作者のオリジナルです。
まず「グッモーニン」という気軽な感じでの入り方がいいと感じます。”グッドモーニング”ではなく、「グッモーニン」です。”グッドモーニング”と「グッモーニン」を比較すると明らかですが、やはり「グッモーニン」の方がフレンドリーで親しみやすい感じがしますし、形式ばっていないでしょう。
この「グッモーニン」の雰囲気が、その後に続く「人生どうでも飯田橋人生どうにか鳴門大橋」をかなり効果的に伝える役目をしていると思います。
さて「飯田橋」ですが、東京都千代田区にある橋の名前であり、JRや地下鉄の駅名にもなっています。「人生どうでも飯田橋」は、”どうでもいい”といってはいますが、決して投げやりな意味合いではありません。”どうでもいい”ということによって、現在自分自身に迫る問題を少し客観的に、それほど深刻にならずに捉えてみませんかといった感じでしょうか。どうでもいいと突き放すことによって、人生が少し軽くなった感じがして、生きやすくなるのではないでしょうか。
それに続くのが「人生どうにか鳴門大橋」。「鳴門大橋」の正式名称は大鳴門橋というようですが、兵庫県の淡路島と徳島県を結ぶ大橋です。
人生において、仕事や家族、人間関係などで、ときには追い詰められてしまう時期もあるのではないでしょうか。思いつめてしまうと、周りが見えなくなって、冷静に判断できないこともあるでしょう。でもそんなときこそ、一歩引いて状況を把握することが大切です。「人生どうにか鳴門大橋」と洒落の効いたいい方でいわれると、追い詰められていても本当に”人生どうにかなる”と思ってしまうから不思議です。
「橋」から「大橋」へ展開しているところも、この歌の面白さのひとつでしょう。歌の後半にいくにしたがって、どうにかなる度合いが増しているような印象を受けます。
思いつめたとき、この歌を思い出すと途端に心が軽くなる、そんな素敵な一首だと感じます。



