人生の何杯目のカレーだろうとふと思いトッピングするスクランブルエッグ
倉阪鬼一郎『世界の終わり/始まり』
倉阪鬼一郎の第二歌集『世界の終わり/始まり』(2017年)に収められた一首です。
一日三食を食べるとして、仮に100歳まで生きるとしたら、死ぬまでの食事の回数は10万回強となります。多いといえば多いですが、長い人生においてたった10万回かといえば少ないようにも思います。
さて、掲出歌では「人生の何杯目のカレーだろう」と詠われているわけですが、カレーライスを食べた回数を正確に記録している人はまずいないのではないでしょうか。この歌でも、正確な回数を覚えているわけではなく、何回もカレーライスを食べてきたけど、ふと何杯くらい食べてきたのだろうという問いが浮かんできたのだと思います。
主体はこれまで、カレーライスにあまりトッピングをせずにそのまま食べてきたことが多いのかもしれません。このときはふと思い立って、スクランブルエッグをトッピングしてみたのです。
人生はいつ終わりを迎えるかわかりません。そういう意味では、今日のこのカレーライスが人生最後のカレーライスになる可能性だってあるわけです。
またいつでも食べることができるカレーライスと、人生最後になるかもしれないカレーライスでは、同じカレーライスという食べ物であっても、思い入れは随分と変わってくるでしょう。
「何杯目」は、いつまでも繰り返されるわけではなく、いつか終わりを迎えることを示しているのだと思います。
そうであれば、「ふと思い」立ったときに、トッピングしてみたいと思ったらトッピングしてみることが、今自身が向き合っているカレーライスという食事に対する最も真摯な向き合い方なのではないでしょうか。
仕事や家事、日常のあれこれに忙殺されて、日々の食事の優先度が下がっている人も少なくないと思います。しかし、ときにはこの歌のように「人生の何杯目のカレーだろう」といった問いかけを自分自身にしてみることが、結構大事なことなのかもしれません。
スクランブルエッグをトッピングした主体の姿に、今この瞬間を大切に生きようとする一端が見えるような一首ではないでしょうか。



