人生は勝ち負けじゃないと思うけど 水上バスは気持ちがいいな
鈴木ちはね『予言』
鈴木ちはねの第一歌集『予言』(2020年)に収められた一首です。
競争社会という言葉があるように、とかく人は他人と比べたがるものです。ときには競争は避けて通れない場面もあるのでしょうが、何も競争して勝つことだけが人生ではないと思います。
この歌の「人生は勝ち負けじゃない」には、人との勝負や比較だけが人生のすべてではないということを気づかせてくれます。
学校、職場を始めとしたさまざまな場面において、集団が存在する以上そこに勝負や競争が生まれてしまうのはしかたがないのかもしれません。
しかし、勝負や競争に勝つことばかりに注力することが、本当に人生を豊かにするのでしょうか。
「人生は勝ち負けじゃない」にはそんな疑問に対する
けれども、その後につづく「思うけど」には複雑な思いが表れています。主体は勝負において、どちらかといえば「負け」の結果を引き受けてきた側だったのかもしれません。「思うけど」の「けど」には、単純にはいい表せない思いが滲み出ているように感じます。
勝ち負けがすべてではないし、負けても構わない、けれどもやはり勝つことができるのであれば勝ちたかった、といった気持ちが「けど」には込められているのではないでしょうか。
下句は「水上バス」に乗っている場面が描かれていますが、その気持ちよさは「勝ち負け」をひととき忘れさせてくれるのでしょう。
ただ、水上バスの気持ちよさは永続するわけではなく、上句の思いというのは心の奥に残りつづけたままのように思います。むしろ、水上バスが気持ちよければよいほど、かえって「人生は勝ち負けじゃないと思うけど」がかなしく響いてくるようにも感じます。
歌の中ほどに一字空けが使われていますが、この一字空けはとても効果的だと思います。人生を見つめる自分と水上バスに乗っている自分との対比、時間の経過、気持ちの切り替え、反対に心の奥底では気持ちを引きずる様子など、この一字空けは実にさまざまな転換や関係を表しているように思います。
「思うけど」の「けど」がいつまでも心に引っかかりつづける歌で、忘れがたい一首です。