補色の歌 #6

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補色の短歌

宵宮の赤い光と草むらの夏の緑のなかに逃げ込む
五島諭『緑の祠』

五島諭の第一歌集『緑の祠』(2013年)に収められた一首です。

宵宮よいみやとは、本祭の前夜に行う祭りを意味します。

「宵宮の赤い光」からは、神社などで行われる前夜祭の夏の夜、暗闇に浮かぶ提灯や灯籠などに灯る赤い光が浮かんできます。

そして三句と四句「草むらの夏の緑」へ展開していきます。この表現からは、神社がたたずむ自然の多い場所において、草むらの緑が赤い光の対比として登場します。草むらの緑が描かれることで、宵宮の赤い光がより一層色濃さをもって眼前に浮かび上がってくるようです。

もしも初句と二句がない一首だと想像したらどうでしょうか。そこには「草むらの夏の緑」があるだけで、確かに「夏の緑」の色合いは伝わってくるのですが、それは緑色という一色だけを提示されている状況です。

一方、掲出歌のように、まず「宵宮の赤い光」があって、その後に「草むらの夏の緑」が詠われている場合はどうでしょうか。この場合は、緑色一色だけでなく、その前に赤色が登場することになります。読み手はまず「宵宮の赤い光」の赤色を想像させられた後に「夏の緑」の緑色を思い描くことになるのです。そのとき、思い描く緑色の強さはいかがでしょうか。初句と二句がない場合に比べて、明らかに鮮やかさをもった緑色が立ち上がってこないでしょうか。これが、短歌における言葉の補色の効果だと思います。

このように、初句から四句までは、赤と緑の対比が色鮮やかに描かれています。

さて結句に、唐突といえば唐突に「逃げ込む」いう言葉が現れてきます。「逃げ込む」のはいったい誰なのでしょうか、そしてなぜ逃げ込むのでしょうか。

掲出歌は「ノルウェーに持って行ったノートから」というノルウェーへの旅を題材にした一連の一首です。掲出歌のひとつ前の歌は次の歌です。

てのひらが冷たい夜を道なりにスイマーズハイ、スイマーズロー

掲出歌を、この前歌と合わせて読むと、泳ぐように夜の道をたどってきた末に「宵宮の赤い光と草むらの夏の緑」の中に逃げ込んだと捉えることができるのではないでしょうか。

掲出歌一首だけ見ると日本の景を浮かべてしまいますが、この一連はノルウェーが舞台となっていますので、この「宵宮」が日本の神社の宵宮であると限定することはできません。

ですから、この「宵宮」は本来の意味での前夜祭かもしれませんし、あるいは夜の道から逃げ込める場所にある何かの建物を喩えていっている「宵宮」なのかもしれません。

掲出歌一首だけを読んだときと、一連の中で前歌と合わせて読んだときでは、場面も受け取り方も少し変わりますが、赤と緑という補色の色濃さだけは存在感をはなっていることは確かに伝わってくると感じます。

宵宮
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