緑より朱へと実りゆく柿のおもてに錆のいろは浮きそむ
大辻隆弘『汀暮抄』
大辻隆弘の第七歌集『汀暮抄』(2012年)に収められた一首です。
柿の実が緑色からきれいな朱色へと移行していく長い時間経過を詠っています。
主体は、柿の実の色の移り変わりを丁寧に見ていたのでしょう。この日偶々その柿を見たとも捉えられますが、日々柿の色が移り変わっていく様子を見ていたのかもしれません。
「柿のおもて」という表現は非常に巧いと思います。通常、我々は柿の実の表面を見ているわけですから、改めて「おもて」といわなくても表面のことだとわかります。しかし、あえて「柿のおもて」ということで、柿という物体の輪郭がくっきりとし、色の所在が明確化されています。
錆色とは、鉄が酸化してできる錆のような赤茶色を指しますが、この柿にも「錆のいろ」が浮かび上がってきたのでしょう。緑、朱、錆と丁寧に色が捉えられ、一首の中でうるさくならず、まとまっていると感じます。
初句二句で「緑」「朱」と並べられており、補色を感じる歌ですが、柿の実の時間的な成長を描いた一首であり、補色は補色でも、その瞬間の補色ではなく、時間経過を伴った補色の歌で印象深い歌です。


※名字の「辻」の字は、正しくは1点しんにょうです。