つぶれてたクリームパンを鞄から出す今日ずっとたのしかったな
岡野大嗣『音楽』
岡野大嗣の第三歌集『音楽』(2021年)に収められた一首です。
一日を終えて鞄の中を見ると、つぶれたクリームパンがあったという場面でしょう。
このクリームパンは朝どこかで買ったものかもしれませんし、家からもっていったものかもしれません。いずれにしても今日の早い段階から鞄の中に入った状態になっていたクリームパンです。
今日という時間の中のどこかで食べる予定だったクリームパン。それを食べる機会のないまま、今日が終わろうとしています。
それは忙しくて食べる時間がなかったからではなく、「たのしかった」から食べるときがなかったというのです。今日一日はずっと楽しすぎて、途中ではクリームパンの存在すらも忘れてしまうくらいだったのでしょう。クリームパンがつぶれていたというところからもそれを窺うことができます。
今日の楽しさを表すのに、今日あった出来事を並べるよりも、楽しさが終わった後につぶれたクリームパンを鞄から出す場面の方がよほど効果的ではないかと感じます。
楽しい出来事は人それぞれ違いますが、つぶれたクリームパンによって、読み手の誰もがそういうことあるよなあと感情移入してしまう一首だと思います。