人生の歌 #67

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人生の短歌

あなたより先に死にたしそののちのあなたの死後にふたたびを死ぬ
大森静佳『ヘクタール』

大森静佳の第三歌集ヘクタール(2022年)に収められた一首です。

自分と誰か他者との間において、死が先に訪れるのは自分か他者か、そのどちらかでしかありません。場合によっては同時ということもあるかもしれませんが、事故に見舞われたり、自ら命を断とうとするようなケース以外では、その後先が生まれることは避けられないでしょう。

掲出歌は「あなたより先に死にたし」と始まりますが、その言葉通り”わたし”が「先に」死にたいと思っているのか、あるいは「あなた」には”わたし”よりもっと長生きしてほしいと思っているのか、そこにはやはり微妙な差があるように思います。

この始まりを読んで思い出したセリフがあります。マンガの話になりますが、高橋留美子の『めぞん一刻』には、「お願い…一日でいいから、あたしより長生きして…」という名シーンがあります。相手より長生きすることが相手のためなのでしょうか、それとも相手が長生きすることが相手のためなのでしょうか。

掲出歌は「死にたし」の後、さらに展開を見せます。「そののちのあなたの死後」とあり、自分の死ののちに「あなた」が死ぬのです。ここまでなら、何も疑問を抱かないのですが、驚くのは結句です。

「ふたたびを死ぬ」とあり、何と”わたし”は「あなたの死後」に再度死ぬというのです。歌の最初で「死にたし」と思って死んでいたはずの”わたし”ですが、さらに「死ぬ」とあり、ここでこの歌は奥深い世界に広げていっているのです。

つまり、”わたし”の死、「あなた」の死、そしてもう一度”わたし”の死という流れになっています。

死というのは通常、生きている者が至ることができる境地でありますが、この歌の場合は、死から死へ行くことができるように詠われています。「あなたの死後」に一度蘇ったわけではないでしょう。どちらかといえば、最初の死が仮の死に近いものであり、二回目の死が本当の意味での死を指しているのではないでしょうか。

一回目も二回目も死であることに変わりはありませんが、「あなた」が死んだ後でなければ、本当に死んだということにならないということだと思います。

では最初から死なずに「あなた」より長生きすればいいのではないかといえば、話はそう単純ではないのでしょう。「あなたより先に死にたし」というのは、主体の純粋な思いだと感じます。けれども「あなた」より先に死ぬことは本当の意味での死ではない、「あなた」が死んでからでなければ本当の死は訪れない、そう主体は感じているのでしょう。

ですから、「あなたの死後」に再度死ぬことになるのでしょう。

「ふたたびを死ぬ」は”ふたたび死ぬ”ではありません。この「を」一字が、”わたし”、「あなた」、”わたし”という一連の死の流れを強調しているのです。

ひとりの人にとって、死が一回きりのものであれば、自分と相手との死の後先を変えることはできませんが、複数回あるのであれば、後にも先にもどちらになることもできるでしょう。

死の順番の入れ替わりは、相手に対する思いの深さゆえに起こるのかもしれない、そんなことを考えさせられる一首で、とても印象に残ります。

死後
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