幸せは前借りでありその猫を看取ってやっと返済できる
仁尾智『仁尾智猫短歌集 いまから猫のはなしをします』
仁尾智の第一歌集『仁尾智猫短歌集 いまから猫のはなしをします』(2023年)に収められた一首です。
猫歌人を名乗る作者の歌ですが、「幸せは前借り」という詠い出しに驚きました。
この詠い出しによって、そうか、「幸せは前借り」だったんだと妙に納得させられるところがあります。
この歌でいう「幸せ」とは猫と過ごす日々を指すのでしょう。しかし、その猫たちとの日々もいつか終わりを迎えるときはくるわけです。猫の最期を看取ったとき、前借りしていた幸せをやっと返すことができると詠われています。
猫との楽しい日々を送りながら、その日々の幸せは前借りであるという認識をもっている人が、この世界に一体どれくらいいるのでしょうか。
この歌を読むと、猫を飼っている人もそうでない人も、新たな視点を与えられるように感じます。
また、集中には次の一首も見られます。
残された者になるのを前提に猫との日々を楽しんでいる
この歌も掲出歌とつながる一首だと思います。
主体と猫を比べたとき、先に死んでしまうのは猫であることを主体は知っているのです。「残された者になる」のは主体であり、残されることがわかっていても、いやわかっているからこそ尚更、猫との大切な日々を味わっているのでしょう。
いずれの歌も猫との日々の終わりを見据えた歌ですが、そこに至るまでの猫との日々を本当に楽しみ味わう主体の姿が見えてきて、猫への愛情を感じさせてくれる歌ではないでしょうか。