もうずっと泣いてる空を癒そうとあなたが選ぶ花柄の傘
木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』
木下龍也の第二歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』(2016年)に収められた一首です。
「泣いてる空」は雨空を指すのでしょうが、それは一時のことではなく、かなり長い間「もうずっと泣いてる」のです。雨の多い季節かもしれませんし、たまたま雨の日が続いたのかもしれません。
またもう少し踏み込めば、現代という閉塞した状況を背後に重ねることもできるでしょう。「もうずっと泣いてる」という表現には、ちょっとやそっとでは改善できない深さを感じます。
そんな空に向けて、「あなた」はひとつの傘を選びました。その模様は「花柄」。花柄というだけで、どこか晴れやかな気分を想像することができるでしょう。
雨に向かって差す傘、もっといえば雨が降っている空に向かって差す傘が花柄であることが、気持ちの前向きさを伝えてくれます。その花柄の傘は、やがて雨の降る空を癒してくれるでしょう。また「あなたが選ぶ」ところに、価値が生まれる気がします。
このような流れがあるわけですが、結句の「花柄の傘」という名詞で収めたところに、最終的には傘に焦点が当たる構造になっています。雨でもなく、空でもなく、あなたでもなく、最後に目の前に現れて残るのは「花柄の傘」なのです。
花柄の傘、この傘だけは何も裏切らず、純粋に空を晴れやかにしれくれる、そんな力があると思わずにはいられません。たった一本の傘の向こうには、もう泣いていない空がきっと広がっていくことでしょう。