今年最後になるだろう雨のなか今年最後の傘をひろげて
山田航『寂しさでしか殺せない最強のうさぎ』
山田航の第三歌集『寂しさでしか殺せない最強のうさぎ』(2022年)に収められた一首です。
歳月を感じさせるものに、年月の区切りというものは欠かせないひとつなのかもしれません。
「今年最後」といわれれば、そこに事象の一回性が生まれます。同じ雨でも「今年最後」の雨はどこか特別な雨に感じられるでしょう。
この歌では「今年最後」が二回繰り返されています。「なるだろう」が「雨のなか」に掛かるとも読めなくはありませんが、素直に二句切れの歌と読みました。そうすると二回目の「今年最後」は傘を広げる行為が最後であることを表しますが、最初の「今年最後」は実際何が最後になるのかははっきりと示されていないというようにも感じられます。
もちろん、傘を広げることが「今年最後になるだろう」というふうにも読めます。そう読むのがストレートなのかもしれません。しかし、結句の「傘をひろげて」という表現が、初句に戻ってくるようないい方であり、傘を広げるという行為を通して、「今年最後」になる何かに思いを馳せているというように読むのも自然なのではないかというふうに思います。
二回の「今年最後」、そして初句二句のつぶやくような表現から、雨や傘とは別のところにある、主体の内側にある何かに対しての思いが深く感じられるような気がするのです。
それはひょっとするとたわいのないものなのかもしれません。しかし「今年最後」であることが特別化を招き、具体的な思いが述べられていないにも関わらず、いましか感じることができない思いであるということだけは充分に伝わってくる歌になっているのではないでしょうか。
たった一度きりの「今年最後」が強く印象に残る一首です。