天は傘のやさしさにして傘の内いずこもモーヴ色のあめふる
佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』
佐藤弓生の第四歌集『モーヴ色のあめふる』(2015年)に収められた一首です。この歌は歌集のタイトルの基になっています。
モーヴ色とは、つよい青みの紫色です。フランス語で「葵」を意味する「mauvein(モーベイン)」が語源で、1856年に偶然発明された、人類初の化学染料として知られています。
まず上句の「天は傘のやさしさにして傘の内」に惹かれます。「傘のやさしさ」とは、丸みを帯びた傘の形状から想起されるイメージに通じているのでしょう。その傘の曲線と、天球の弧が重なり合い、われわれの住む半球はまるで「傘の内」側のようであるという捉え方が、スケールの大きさとともに非常に納得できるところがあります。
そしてその内側に「モーヴ色」の雨が降るというのです。局所的な雨ではなく、「いずこ」もモーヴ色の雨が降るのです。「あめふる」という平仮名に開かれた表記がさらに柔らかな印象を与えてくれています。
世の中を見れば、人種、言語、世界情勢など区別や違いにあふれている状況ですが、この歌に登場するひとときは、そんな違いをすべて流してしまうほどのやさしさと統一感に満ちた時間ではないでしょうか。
世界はモーヴ色の雨に包まれ、喧騒を忘れた時間だけが残り続いていく、そんなふうに感じる一首です。