傘の歌 #30

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傘の短歌

ひとつぶの雨落つるまへに傘さして去り行くひとのうしろ影あり
沢田英史『異客』

沢田英史の第一歌集異客いかく(1999年)に収められた一首です。

この歌で詠われている「傘」は日傘ではなく雨傘でしょう。

「ひとつぶの雨落つるまへ」とあるので、まだ雨は降っていない状態ですが、これから雨が降ってくることを想像させます。

去っていく人がひとりいて、その人がまだ雨が降っていない状況で、雨傘を差して去っていった場面です。

なぜ雨粒がまだ落ちていないのに、傘を差していったのでしょうか。このあたりは色々と想像することができるのではないでしょうか。

もともと雨が降る前から傘を差す癖のある人だったということも考えられるでしょう。しかし、ここでは主体との関係性において「去り行く」という部分がポイントになっているように思います。

「去り行く」状況において、その人は雨が降っていようと降っていまいと傘を差さずにいられなかったのかもしれません。後ろ姿を傘で隠したかったのかもしれません。いや、隠したい隠したくないという気持ちはなかったのかもしれませんが、雨が降る前に傘を差したいという気持ちが訪れたのかもしれません。理由が明示されていない分、読み手の想像を膨らませる余地が広がっているでしょう。

去っていく人を主体は後ろから眺めています。「うしろ影あり」という結句に、どうしようもない思いと状況が滲み出ているように感じます。

しかし、後悔といった思いはあまり感じられません。むしろ、この状況をただ淡々と眺めている、そんな主体の視線が浮かび上がってくるようです。

「ひとつぶの雨落つるまへに傘さして」という、細かい部分を丁寧に詠ったことで、この一首からはさまざまな物語を想像させてくれるでしょう。

傘を差すタイミングといったわずかな瞬間を丁寧に捉えることから魅力的な一首が生まれる、そのようなことを感じさせてくれる歌ではないでしょうか。

傘を差す後ろ姿
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